「峰風」とともに

minekaze.exblog.jp
ブログトップ

627. バイクの宝石 ビモータ (3) 経営方針の転換と倒産

 1989年、マルティーニはジレラへ去り、新しいチーフ・エンジニアとしてピエル・ルイジ・マルコーニ
起用されました。
b0076232_14114100.jpg

彼はDB系やYB系を着実に育て上げていきました。

そして、1990年、彼は満を時して新技術の塊、テージ1Dを世に問いました。
(「卒論」=テージはマルコーニの「卒論」だった様です。 
マルティーニ時代に試作車を発表していますが、それもマルコーニの研究に従った物でした。)

 テージ1D (1990~1994年)
b0076232_15161949.jpg

b0076232_15164147.jpg

前方スイング・アームとセンター・ハブステアリング・システム、ドゥカティ・エンジンとしては
初めての水冷エンジン(スーパー・バイク・レプリカ、851ストラーダのエンジン)と盛り沢山でした。

しかし、テージ1Dは技術的には注目されましたが商業的には失敗でした。

1993年には最後の一人、モーリが会社を去り、創業者は一人も居なく成りました。

同時に、経営方針も変り、高品質少量生産から生産数の増加を図りました。

エンジンの供給先はヤマハからスズキに換わりました。

 SB系のバイク一覧

 SB1 (1977年、GP500用レーサー、スズキ市販レーサーTR500マークⅡのエンジンを搭載)
b0076232_2057427.jpg

 SB2 (1977~1980年、GS750のエンジンを搭載)
            (同軸ピポット・スイング・アーム使用)
b0076232_16403284.jpg

 SB2/80 (1997~1980年、SB2のフレームにSB3のカウルを被せたもの)
b0076232_19463121.jpg

 SB3 (1980~1983年、SB2のフレーム改良型、GS1000のエンジンを搭載)
b0076232_1259172.jpg

 SB4 (1983~1984年、GSX1000のエンジンを搭載、SB4はハーフ・カウル、SB4sはフル・カウル)
b0076232_1333632.jpg

 SB5 (1985~1986年、HB2系のフレームにGS1100EFのエンジンを搭載)
b0076232_19282712.jpg

 SB6 (1994~1996年、水冷GSX1100エンジンを搭載。
      特徴的なのはヘッドパイプからスイング・アームを完全に一直線に結んでいた事でした。)
b0076232_1556556.jpg

 SB6R (1997~1998年、ラムエア過給を採用しました。)
b0076232_1557783.jpg

 SB7 (1994~1995年、SB6のフレームにGSX-R750のエンジンを搭載)
b0076232_16412495.jpg

 SB8 (1998~2000年、アルミ合金製ツインスパーフレームにTL1000のエンジンを搭載)
b0076232_16342246.jpg

 特徴はフレーム本体はアルミ合金ですがスイングアームピポット部はカーボン繊維樹脂を使っていました。)
 SB8のスイングアームピポット部
b0076232_16102855.jpg

 SB8K ゴバート (2004年~)
b0076232_166421.jpg


社運を掛けたテージ1Dは販売的に、失敗、YBシリーズSBシリーズも思った程売れず、
低価格帯を狙ったシングル・スポーツBB1も当たりませんでした。

BB1 (1996~1997年、BMWのロータックス製シングルエンジンを搭載)
            (ガソリンタンクがエンジン下にあるのも特徴でした。)
b0076232_1716391.jpg


大型ネイキッドとしてのDB3 マントラも営業的には失敗しました。

 DB3 (1995~1998年、フランスのデザインは実に奇妙です。)
b0076232_17173682.jpg

辛うじて成功したのはSB6のみでした。

b0076232_17195967.jpg

高品質少量生産を生産数の増加に向けようとした大戦略は失敗したのです。

そして、傾き掛けた会社に止めを刺したのは2StV型2気筒のビモータ製エンジンを積む、
 500Vデュエ(1997~不明)でした。

b0076232_16273566.jpg

1996年に発表されると予約が殺到する前評判でしたが、販売されるとオイル漏れ等の技術的問題
露見し、ビモータは大きな負債を抱え1998年には工場が殆ど稼動しない状態になり、
マルコーニを含め多くのスタッフが会社を去りました。

1999年、ラベルダを復活させた実績を持つフランチェスコ・トニヨンの下で生産を再開、
SB8Rの販売で復活を目指しました。

2000年、リーバイスをスポンサーにSB8KでWSB選手権に参戦、2戦目で早くも
優勝しましたが、何故かリーバイスはSBレース・シーズン途中で撤退、
SB8も商業的成功は得られず会社はとうとう、倒産しました。 (この項続く)

(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2010-11-01 21:00 | 憧れだった美女達