先日、
SPEECE BATTLESHIPヤマトを観賞に行ってきました。
あまり期待していなかった(?)のですが、感想は
上の下と言うところでした。
とは言え、有る程度、
SF設定の意味が解っている人達が作った映画だと思いました。
ヤマトが
太陽圏を脱出した後、行き成り
ガミラスに着いてしまうのには驚きましたが、
ヤマトの元となった
西遊記でも映画の場合は大抵、
長安からの出発の後、
妖怪と戦うのは1、2回で
直ぐに
天竺に着いてしまうのを見ればそれ程目くじらを立てる事はないでしょう。
また、
外宇宙に出てしまったヤマトを捜すのは流石の
ガミラスでも不可能だったのではないでしょうか?
太平洋に落ちた縫い針1本を捜す様なものです。
どうせやって来るのですから
イスカンダルで待っていた方が
正解です。
約2時間半の
上映時間の中に収めるために
宇宙戦艦ヤマトの物語は
大きく変更されていました。
しかし、それでも、尚、この
作品は評価に値します。
まず
感心したのは
技術力の一貫性です。
アニメのヤマトでは
沖田艦の武装はショック・カノンではありませんでしたが、
実写版では
ショック・カノンで武装しており、ガミラス艦に通用した時期もあったとされていた事です。
実写版ヤマトではイスカンダルからもたらされた
波動エンジンの大出力で
ヤマトのショック・カノンは
再び、
ガミラス艦を打ち砕く事が出来る様になります。
それと
ガミラス人の持つ、
異星人らしい生態や技術内容の違いです。
ヤマトは
ガミラスの戦闘機を捕獲しますが、その
乗員は戦闘機の中ではなく、
先端外部に張り付いていたのです。
そして、ガミラス人は個々で思考し、行動する者ではなく、
全体で思考し、
個々がそれに従って行動する存在だと言う事も明かされます。
この辺り、思わず
唸ってしまいました。
それと
人間像に拘ったと言うだけあって、個々の
人物の表現も自然で納得の行くものでした。
特に
沖田艦長は老獪な百戦練磨の戦士らしい
見事な指揮を見せてくれました。
ヤマトに敵ミサイルを引き付けて置き、命中直前で船体を回転させてかわして見せたり、
イスカンダル上陸作戦では大気圏内までヤマトの艦首を下にして逆落としで上陸部隊を援護、これまた、地上にぶつかる直前でワープ!して脱出すると言う今までに無い離れ業を見せてくれました。
(
宇宙から
大気圏内にワープするのは
自殺行為ですが、
大気圏内から宇宙へワープするのは
原理的には不可能ではありません。)
それと
ネタバレになってしまうので記述は避けますが、
山崎 務演じる
沖田はアニメの沖田を大きくしのぐ
大戦略家でした。
橋爪 功の
藤堂 平九郎も
肝の据わった長官でした。
ただ、
残念だったのはこの
実写版ヤマトも良くも悪くも
日本映画だった事です。
後半、ヤマトは
敵の罠にはまり、波動砲口を塞がれ、
波動砲が使えなくなってしまいます。
このため、最後の
デスラーとの決戦には
自己犠牲を覚悟で臨まざるを得ませんでした。
しかし、待って下さい!
波動砲は従来の
光線兵器の拡大版ではありません。
それが一番良く表現されているのは皮肉にもアニメ版ヤマトの
第5話 浮遊大陸脱出!! 危機を呼ぶ波動砲!!でした。
本来、
波動砲は
ワープの原理を用いて
命中点の空間をメチャクチャに捻じ曲げ、相手を原子レベルで
破壊する兵器でした。
タキオン粒子流が延びてゆくし従い、
稲妻が走り、命中した浮
遊大陸も稲妻に包まれますが
これはタキオン粒子流によって、
メチャクチャにネジ曲げられ、細分化された空間同士が摩擦して
副次的に発生した物でこの
稲妻で
浮遊大陸が破壊された訳ではありません。
あくまで浮遊大陸は
タキオン粒子流によって
ネジ曲げられ、細分化された空間により、大陸を構成する
原子同士が
励起され、切り離された事によって
破壊されたのです。
また、そうでなくては
オーストリア大陸ほどの大きさを持つ浮遊大陸を吹っ飛ばす事など出来ません。
原始的な銃火器なら
砲口を塞がれれば、自爆してしまうのは当然ですが、
波動砲の従来の火器とは違う特性に目を向ければ
違う結末を見出す事も可能だったのではないか、と考えます。
(
E.E.スミス著、レンズマンシリーズ、第1巻、銀河パトロールの主人公の艦
、ブリタニア号の主砲、
Q砲を参考にしても良かったか、と思います。)
ここがこの作品で
一番残念だった所です。
しかし、エピローグで遊星爆弾の作った
クレーターだらけの大地が、樹木は無くとも
一面の緑に覆われていた場面は一言の説明もありませんでしたが、
見事にヤマトの任務が果たされた事を物語っていました。