空冷Lツインについての考察は前回で終わりましたが、今回の調査中に判った
新事実が
ありましたので、それを紹介したいと思います。
記事No.709 レーシング・パンタの活躍で私は「
パンタ系レーサーは
トニー・ラッターという名手を得て
1981年から1984年までの4年間、
マン島フォーミューラTT2で
優勝し続けました。」と
記述しました。
そしてその
画像も
掲載しました。
今回の連載の
取材先として私は
DUCATIミュージアム(Net)を多用しました。
そしてこの
レーシング・パンタの記事を書く時も
DUCATIミュージアム(Net)の内容を
参考にしました。
そうしたら
博物館に
展示されている
レーシング・パンタは
上図のものなのですが、
解説に出て来る
レーシング・パンタは
後部サスペンションが二本ショックの全く
別物なのです。
一台は
パンタSL風、もう一台は
NCR・レーサー風でした。
これは一体、どうした事か?と
Net上を調べ回りました。
その結果、
1981年以降、
トニー・ラッターが駆った
レーシング・パンタは
TTF2用で
リア・サスが
モノ・ショックでしたが、それ以前、
1980年に
500ccパンタSLを用いて
レーサーが作られていた事が
判明しました。
DUDATI 500 パンタSL (1978年式 空冷Lツイン500cc コグド・ベルト ベース車両 )
DUCATI 600 レーシング・パンタ TYPEー1 (1980年 600ccへ排気量増)
ほとんど、500パンタSLそのままです。(ガソリン・タンクとシート・カウルはNCR製?)
DUCATI 600 レーシング・パンタ TYPE-2 (1980年 600ccへ排気量増)
こちらは
ガソリン・タンクやカウルに
1978年、
マン島TTで活躍した
NCRレーサーの物が使われています。
この2モデルはフレームを構成するパイプが
直線でない
トリレス・フレームの原型と言うべきものを
使っていますが、
スイング・アームの取り付け位置は
エンジン後端に変っています。
DUCATI 500 パンタSL フレーム
また、
エンジンにもベベル系からパンタ系に変る
過渡的な姿が見て取れます。
DUCATI 500 パンタSL エンジン
コグド・ベルトのカバーにまで
冷却フィンが刻まれています。
これは
レーサーでも
600SLには見られない特徴なのであくまでも
過渡的なものだったと思われます。
そして私がこの
2モデルに注目したのはこれらが試作的なものではなく、
本格的レーサーとして製作されたと考えられる事です。
(ライディング姿勢から見てこのマシンに乗っているのは明らかにトニー・ラッターです。)
また、ある程度の
数が作られた様です。(市販レーサー?)
レーシング・パンタの活躍は
資料により
1981年とするものと
1982年からとするものがあり、
混乱しました。
それに
トニー・ラッターが
1981年に乗ったマシンは
500パンタSLのスペシャル・マシンだったとする記述もありました。
総合して考えると
パンタSLは最初
500ccで1981年に
トニー・ラッターが
600ccに改造された
スペシャル
・マシンで結果を出し、それを受けて
DUCATIは
600パンタSLを
販売したと考えるのが順当かと思われます。
DUCATI 600 パンタ SL (1981年式 空冷Lツイン600cc コグド・ベルト)
イタリアン・レッドを纏ったこの
マシンは立派なレーサー・レプリカだった訳です。
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