「峰風」とともに

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21.怪談「首無し飛燕の行列」はごめんだぜ (1990)

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 戦前日本には優秀な飛行機会社が多数ありました中島、三菱,愛知、・・・そして「川崎」です。川崎は液冷のエンジンを得意とし、ドイツのダイムラー・ベンツ社からDB601のライセンスを受け、キ-61 三式戦闘機「飛燕」Ⅰ型を送り出し,劣勢ながらもB-29に立ち向かっていったのです。しかし、高空性能の差はいかんともしがたく、DB605を積んだⅡ型の出現が待ち望まれました。しかし、DB系のエンジンは燃料噴射型。 当時の日本の技術の手におえるものではありませんでした。結果、所沢の陸軍航空隊の飛行場の片隅には「首無し飛燕」がずらりと無残な姿を曝すことになりました。しかし、捨てる神あれば拾う神ありでやはり戦局の悪化で余ってきた百式司令部偵察機用の空冷エンジンを「首無し飛燕」に付けようと言うことになり誕生したのが「五式戦闘機」でした。機体も軽くなり想像以上の成功だったようです。しかし、当時の日本の工業力はドイツへいった技術視察団の将校が「どうだ作れるか?」と聞いたところ、技術者(職人)は「1個だけそっくりなものを作れと言うなら命に変えて作って見せます。しかし、日産50個などの量産はとても無理です。」と言う答えが返ってくるレベルだったのです。 その事を友人に話したら「あんたいったい何年前の話をしてるんだ。いまのKAWASAKIのバイクは大丈夫さ。」とうけあってくれたのです。
なんでこんな長い前置きをかいたのかと言うと中免取得後購入したのがKAWASAKIのZZR-250だったからです。ZZR-400は相当気に入ったのですが車検があるバイクは限定解除してからにすると心に決めていました。
                     
ZZR-250
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ZZR-250は車格もありパワーの出方もシロートにも優しくアクセルを捻れば40HPの底力を見せてくれる大変理想的なバイクでした。しかし、一つ大きな汚点をのこしたのです。それは三浦半島へツーリングへ行った時でしたが保土ヶ谷パーキングエリアで休憩していると妙な事に気が付きました。サイドスタンドで停めているのにメインスタンドも降りているのです。調べるとメインスタンドを引っ張り上げている突起が欠けていました。手持ちの針がねでメインスタンドをくくりつけ事無きをえましたがバイク屋に修理で持って行くとこれは設計が悪いんだとのこと。これでは「首無し飛燕』の頃とちっとも変わってないと言うことです。 名機三式戦闘機【飛燕」を設計した土井技師の無念さは伝わっていないのです。世界に冠たる機体を設計しても国がいや会社が作れる力がない・・・。これほど無念なことは無いでしょう。  同じ技術屋としてKAWASAKI車はもう2度と買うもんかと心に誓いました。

900SS(Ⅰ) (1989)
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まだまだ名前を知っていただけです。乾式クラッチ? ジャダーがでる? 一体何の事だろうと思っていました。 外車ってむずかしいんだな位の認識でした。
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by SS992 | 2006-06-22 18:47 | お世話になったお姉様達