「峰風」とともに

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51. 順番が逆になっちゃった!ごめんね NR

NR500       1979
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 NRは(ニューレーシング)の略です。

4気筒・6段変速制限を良しとしなかった、国産4メーカーはGPを一度は去りましたが

1978年、川崎を除きHONDA・SUZUKI・YAMAHAは復帰しました。

当時は2サイクルエンジンの全盛期。 HONDAは苦境に追い込まれました。

HONDAは4サイクルが売物です。

当時必要とされた120hpを出すには8気筒、2万rpmが必要とされました。

とてもまともにやっていては達成出来ない目標です。

そこで必要な大きさのバルブを並べて行ったところ、

小判型のピストン・シリンダーと言う前代見聞のV4エンジン構想が浮上したのです。

このエンジンの構想を聞かされたHONDAの若手技術者は

「そんな物が回るのか?」と本気で思ったそうです。

 そしてHONDAらしいのはNRにはバイク開発のシロートや若手ばかりを張り付け

ました。

当然、モノコックボディだのカセット式エンジン・スイングアーム・カセット式変速機など

新しいが実績のない技術がこれでもか!と詰め込まれたのです。

しかし、そうした新しい試みはほとんど実を結ばず、逆にNR

レース実績の足を引っ張る形になってしまいました。

せっかく片山敬済と言うワールドチャンピオンを擁しながら1勝も出来なかったのです。

白煙を吐き、あえぎながら走るNR・・・。

NRは(ニューレーシング)の略ではなく(ノー・レディ・・・常に準備の出来ていない)

の略だ。」と陰口を叩かれたそうです。  当時の若い技術者はさぞ悔しかったと思います。 

でもそうした失敗は必ず後で実を結びます。 

今、大排気量車には欠くことの出来ない「バックトルクリミッター」など

NRなかりせば生まれなかった技術なのです。

これは強大なNRのエンブレを逃がす為に作られました。

GP2stのNSに譲ったNRですがHONDAマンはあきらめ

ていませんでした。 

1987年ル・マン24時間耐久レース出場をもくろんでNR750が用意されました。

ライダーの一人にはライダーズクラブの主宰 根本 健 氏も選ばれました。

HONDAの意向はHONDAのバイクの扱い易さを浸透させる事。

その宣伝にはジャーナリストライダーを乗せるのが良いとの判断だったそうです。

NR750    1987
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結果的にはつまらないトラブルでリタイアになりましたが、

ここでHONDAはNRの市販化の意思を固めたと私は考えます。 

つまらないトラブル=簡単にクリア出来るハードルだからです。


NR     1992
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かくして苦難の道を歩んだNRもようやく市販化されました。

但しその値段もビックでしたが(520万円 ドカ乗りにとっては当たり前の価格でしょうが・・・。)

当時インテグラ?のCMにNRが出ていましたがNRの値段を知るライダーは

車のCMだかバイクのCMだか判らないなあ~と笑っていました。

NRが一番悩まされたのがXwing氏も言っていたピストンのシールだったそうです。

当時の技術者がNRのVDで「NRの技術はピストンとシリンダーのシール技術だった。」と

回想していました。
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by SS992 | 2006-09-28 22:58 | 憧れだった美女達