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402.V型エンジンを残そうよ!(Ⅱ)

栄光と悲運のHONDA V4レーサー
GPレースから身を引いていたHONDA1979年、全く新しいコンセプトの
バイク NR500
を 主力としてGPに復帰しました。

NR500  1979
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当時のGP2stレーサーがメインでしたがHONDAは遭えて不利を承知の上で
4stのレーサーで復帰しようとしたのです。
但し、GPのレギュレーションに忠実に従おうとすればV4にしろ直4にしろ
毎分2万回転の回転数が必要でした。
これはとてもまともな4stエンジンでは不可能な数字でした。
(後にCBR250RRが2万回転/分を実現しましたが・・・。)
しかし、チャレンジがモットーの当時のHONDAはこの不利をバネに新しい技術
楕円ピストンを開発
しようとしていました。

NR500細部
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細部はご覧の通り新技術の塊でした。
最近ではVTR1000,VFR(800)で採用されたサイドラジエターはNR500が原点だった事が解ります。
小さ過ぎると感じるフロントスクリーンは実験で効果を確認した結果だそうです。
驚くのはサイドラジエターが付いているフロント・カウルそのものがフレームになっている事です。
残念ながらこのモノコックシステムは整備が煩雑になり失敗でした。
ライダーは片山敬済とミック・グランドと強豪を揃えましたが結果は残せず、
NRとはニューレーシングの略なのですがノー・レディーの略だと陰口をたたかれました。
その後、GPマシンはHONDAもNS,NSRと2st化して行き、NRは忘れられた存在に成ったかと思われましたが1987年今度は耐久レーサーNR750として再び我々の前に姿を
現しました。

NR750  1987
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有名なル・マン24時間耐久レースに出場したのです。
ライダーはプロではなくプレス・ライダーが選ばれました。
この事から解る様にHONDANRの成績より実用性能の確認
NR市販車の宣伝を目的としていたと考えられます。
結果はつまらないトラブルで3時間でリタイヤしましたがHONDAは意に介しませんでした。
(この項続く)
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by SS992 | 2008-05-02 06:30 | 憧れだった美女達