「峰風」とともに

minekaze.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:憧れだった美女達( 294 )

712.空冷Lツインへの憧憬 (8) SS系の栄光

 900SS1991年フル・モデル・チェンジを受けました。

大きな変更点はタイトなライディング・ポジションの改善でした。

この変更は一部のDUCATIマニアには堕落だと揶揄されましたがこれによって900SS
より汎用性に富むバイクになったのです。

 DUCATI 900SS (1991年式 空冷Lツイン 904cc)
b0076232_18442052.jpg

ここまでなら単なるモデル・チェンジに過ぎなかったのですが、DUCATIはもう一つの選択支を用意しました。

 DUCATI 900SS HF (1991年式 空冷Lツイン 904cc)
b0076232_1850099.jpg

そうです、DUCATIは軽快なハーフ・カウル仕様を用意したのです。

今までのフル・カウル仕様エンジンやオイル・クーラーの保護と言う面では有効でしたが、どうしても
軽快感には欠けていました

しかし、このハーフ・カウル仕様DUCATI軽快な操縦性を求めるライダー達の要求に見事に応え、
日本中のワインディングDUCATI 900SSHFの姿を見かける様になりました。

また、もう一つ人気だったのがスーパー・ライト仕様でした。

 DUCATI 900SL (1992年式 空冷Lツイン 904cc)
b0076232_1923820.jpg

b0076232_1922236.jpg

カーボン・Fフェンダーを使い、超軽量を歌い文句にしていますが、実際には約1kg軽いだけでした。
(完全なソロ・シートを標準装備していました。)

この900SS-Ⅱの成功はDUCATIのスポーツ・バイクの歴史一時代を築きました。

この時代がDUCATI 900SSにとって最も栄光に輝いていた時代でした。

この900SS1998年に更にモデル・チェンジを受け、名称もSS900に変りました。

また、同時期にもう一つの空冷Lツイン・モデルが登場しました。

モンスター M900 です。
                                                     (この項続く
(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-10-10 21:00 | 憧れだった美女達

711.空冷Lツインへの憧憬 (7) SS系への進化

 レーサー・レプリカから脱却した空冷Lツイン・モデルは最初750S(スポーツ)と呼ばれました。

 DUCATI 750S(スポーツ) (1988年式 空冷Lツイン750cc)
b0076232_13471161.jpg

パンタ系SS系の大きな違いはエンジンのレイアウトでした。
b0076232_14251098.jpg

パンタ系前後のシリンダーが両方とも後方吸気、前方排気なのに比べ、
SS系では前シリンダーが後方吸気、前方排気後シリンダーが前方吸気、後方排気になっていて
Vバンク内側キャブレター纏めて配置出来る様に変りました。

これによって大容量のエア・クリーナー・ボックスの配置も可能になりました。

ベベル系以来、DUCATIスポーツ・バイクはエア・クリーナー・ボックスを持たず
ファンネルにメッシュカバーが掛けられている程度でした。

それがエアクリーナー・ボックスを付けられる様になったので安心してエンジンを廻せる様になったのです。

この後、750S900SS(スーパー・スポーツ)に進化しました。

 DUCATI 900SS (1989年式 空冷Lツイン900cc)
b0076232_14475867.jpg

この時代のDUCATI 900SSはレーサー・レプリカではなくなっていたものの、その乗り味はスパルタン
そのもので誰でも乗れるバイクでは無かったようです。
                                                     (この項続く
(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-10-06 21:00 | 憧れだった美女達

710.空冷Lツインへの憧憬 (6) FIパンタ と レーサー・レプリカ

 1984年、TTフォーミューラ1レースは排気量の上限が750ccに変りました。

DUCATIはそれにあわせてTTF1向けの750ccパンタ・レーサーを開発しました。

サスペンションにフルフローティングリアサスペンションを持つDUCATI渾身の作でしたが
フレームの剛性が不足し、今一つ、結果を出せませんでした。

しかし、1986年マルコ・ルッキネリミラノ・ラウンドで優勝しその後の栄光に繋がる結果を出しました。

また、同じ年、マルコ・ルッキネリは米国のデイトナBOTTでも優勝しました。

 DUCATI 750F1 (1986年式 851ccにボアアップ デイトナBOTT優勝車)
b0076232_11175994.jpg

b0076232_11183287.jpg

そしてDUCATIはこの750FIのレプリカを発売しました。

 DUCATI 750F1(1985年式 750cc リア・サスはカンチ・レバー式に変更)
b0076232_11235893.jpg

そして下位モデルだったはずのパンタ系はこの時点で主力製品の座に着き、ベベル系は廃止されました。

また、ユーザーがTTF1参戦出来る様にする特別仕様のモデルも用意されました。

 DUCATI 750F1 Montjuich (1986年式 750cc)
b0076232_115521100.jpg

 DUCATI 750F1 Laguna Seca (1987年 750cc)
b0076232_11592876.jpg

DUCATI 750F1 Santamonica (1988年 750cc)
b0076232_1205774.jpg

この辺りのモデルは完全にレーサー・レプリカに分類されますが、
1988年にはTTF1が終わり、スーパー・バイクレースが始まりました。

DUCATIはこれに対応して水冷DOHC4バルブ851を開発、レースにおいては空冷エンジンから
決別
しました。

DUCATI 851 スーパー・バイク・レーサー・プロトタイプ (1987年式 水冷Lツイン 851cc)
b0076232_16204988.jpg

もちろんヘッドはDOHC4バルブ、デスモドローミック機構搭載です。

 DUCATI 851 ストラーダ (1988年式 851cc 初期のSBレプリカ)
b0076232_16273364.jpg

この水冷Lツイン・レーサーとそのレプリカの登場によって空冷Lツインにおいてはレーサー・レプリカは
存在出来なくなった
のです。

                                                     (この項続く
(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-10-02 21:00 | 憧れだった美女達

709.空冷Lツインへの憧憬 (5) レーシング・パンタの活躍

 パンタ系レーサートニー・ラッターという名手を得て1981年から1984年までの4年間、
マン島フォーミューラTT2優勝し続けました。
b0076232_16432098.jpg

 前回、私はパンタ系のエンジンはベベル系のエンジンに対するコスト・ダウンを狙ったものだと考察
しました。

しかし、タリオーニ技師の才能は単なるコスト・ダウンに止まりませんでした。

ベベル系をよりリファインした合理的な設計大幅な軽量化高回転化を可能にしました。

これはこのエンジンが非常にレーサーに向いているという事です。

冒頭に記したトニー・ラッターの活躍はパンタ600SLから進化した600TT2マシンが成し遂げたものでした。

そしてこの偉業はエンジンだけが勝れていたから達成されたものではありませんでした。

もう一つの革新、トリレス・フレームの採用が大きな力となりました。

 DUCATI パンタ・レーシングのフレーム
b0076232_17163192.jpg

別名バード・ケイジ・フレームとも呼ばれた、パイプをトラス構造に組んで強度を増した構造です。

レーシング・パンタはこの構造のおかげで軽量のまま必要な剛性を得る事が出来たのです。

もう一つの特徴はエンジン後端にスイング・アーム・ピポットを持つ事です。

これによりエンジン長が長くなるLツインを装備してもホイール・ベースを短く設定出来たのです。

このエンジン、フレーム共に革新的改良を施したパンタ・レーシングTTF1でも活躍しました。 

 DUCAT TT1 750ccレーサー
b0076232_17302051.jpg


                                                     (この項続く

(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-26 21:00 | 憧れだった美女達

708.空冷Lツインへの憧憬 (4) パンタ系の登場

 パンタ系のバイクのエンジンの特徴カム駆動の動力伝達の方法でした。

ベベル系のモデルはエンジンからベベル・ギア伝達シャフトを回し、伝達シャフトは再びベベル・ギア
介してヘッド部にあるカム・シャフト、デスモドローミック機構に動力を伝達する様になっていました。
b0076232_16394823.jpg

それに比べてパンタ系のエンジンは動力の伝達方法コグド・ベルトを使用していました。

 パンタ系のエンジン
b0076232_1659615.jpg

コグド・ベルト(歯付きベルト)の見本
b0076232_1734470.jpg

(上はSB888のエンジンですが、裸になったコグド・ベルト(歯付きベルト)の様子が良く判ります。)

こうして見るとパンタ系のエンジンはベベル系に比べ、より合理的な設計になったと言えます。

しかし、私はこの変更は本来、コスト・ダウンが目的だったと考えます。

何故、そう考えるのかと言うとパンタ系が登場した時、まだベベル系は展開期でした。

またベベル系モデルの排気量が900~1000ccあるのにパンタ系500~650ccとより少排気量でした。

 DUCATI 500SL (1979年式 空冷Lツイン 500cc コグド・ベルト)
b0076232_17591282.jpg


DUCATI 600SL (1981年式 空冷Lツイン コグド・ベルト)
b0076232_1835429.jpg


 DUCATI 600TL (1982年式 空冷Lツイン コグド・ベルト)
b0076232_18352160.jpg


 DUCATI 650SL (1983年式 空冷Lツイン コグド・ベルト)
b0076232_18363133.jpg


ここまでで初期パンタ系のモデルは終わりますが、私は排気量の設定から考えて、この初期パンタ系モデルベベル系の下位モデルだったと思います。

ただ、デスモドローミック機構は全機種とも搭載していた様です。

そして600TLはレーサーとして進化し、レーシング・パンタの始祖となりました。

DUCATI TT2 600 レーサー (1982年 600cc TT2レース優勝車 トニー・ラッター座乗)
b0076232_1755284.jpg

(TT2レーサーはデスモドローミック機構を当然積んでいました。)

そして再びDUCATIは新しい技術革新をなしました。
                                                     (この項続く

(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-22 21:00 | 憧れだった美女達

707.空冷Lツインへの憧憬 (3) ベベル系Lツインの展開

 DUCATI空冷Lツイン750GTから始まった事はすでに述べました。

 DUCATI 750GT (1971年式 空冷Lツイン 750cc ベベル ノン・デスモ)
b0076232_1846104.jpg

このモデルはデスモドローミック機構こそ積んでいませんでしたが、当時の他社のモデルと
比べると非常にスポーツ性の高いものでした。

翌年には更にスポーツ性を増したモデルが出ました。

 DUCATI 750スポーツ (1972年式 空冷Lツイン 750cc ベベル ノン・デスモ)
b0076232_18510100.jpg


そして1974年には1972年のイモラ200マイル・レース優勝を記念したイモラ・レプリカが発売されました。

 DUCATI 750SS (1974年式 空冷Lツイン 750cc ベベル デスモドローミック機構搭載)
b0076232_18554842.jpg

ここまでのモデルは総称してラウンド・ケースと呼ばれます。
b0076232_19247100.jpg

エンジンのデザインに丸みがあるのが特徴です。

但し、このラウンド・ケース、外形の美しさに反してエンジン側のベベルギアシャフトの根本の強度が
不足しているという弱点
がありました。

その点を改良したのがジウジアーロ氏がデザインしたスクエア・ケースでした。

 DUCATI 750SS (1975年式 スクエア・ケース)
b0076232_19122947.jpg

この後、ベベル駆動Lツインエンジンは全てスクエア・ケースになりました。
そして750SSは排気量を増やした900SSに進化しましたが、

 DUCATI 900SS (1975年式 空冷Lツイン 900cc ベベル駆動)
b0076232_19221379.jpg

実は900SSが登場する前にSSとは別系統のモデルが造られていました。

 DUCATI 860GTS (1976年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19282443.jpg

(デスモドローミック機構の搭載の有無は不明です。)

 DUCATI 900GTS (1976年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19313770.jpg

(デスモドローミック機構の搭載の有無は不明です。)

 DUCATI 900SDダーマ (1977年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19391012.jpg

(このモデルもデスモの搭載の有無が不明ですが、900SSから直接、派生したモデルなのでデスモも積んで
いると私は思っています。)

 DUCATI 900SSダーマ (1978年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19441632.jpg

(900SSという名前からしてデスモ搭載モデルと考えられます。)

 DUCATI 900S2 (1983年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19492612.jpg


 DUCATI 1000S2 (1985年式 空冷Lツイン ベベル駆動)
b0076232_19511614.jpg

こうして見るとDUCATIのラインナップが決してレーサー・レプリカに特化していた訳ではない事
判ります。

それどころか、1978年に活躍した900TT1レーサー900SSダーマ母体としていました。

 DUCATI NCRレーサー (1978年 マン島TT優勝 マイク・ヘイルウッド車)
b0076232_2022353.jpg


 DUCATI 900MHR (1979年式 空冷Lツイン ベベル駆動 デスモ搭載)
b0076232_206968.jpg

このモデルは性能的には決してレプリカではなかったのですが、1985年の1000MHR・MILLEまで続きました。
                                                     (この項続く
(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-18 21:00 | 憧れだった美女達

706.DUCATI空冷Lツインへの憧憬 (2) Lツインまでの道程

 DUCATIスポーツ・バイクのスタートは公道レース用の少排気量レーサーでした。

 DUCATI グラン・スポルト・レーサー (1954年式 OHCシングル100cc ベベル駆動)
b0076232_1885768.jpg

( 通称マリアンナ、伝説的技師ファビオ・タリオーニの設計第1号 )
まだデスモ・ドローミック機構は搭載されていませんでした。

この後、シングル・スポーツは次第に排気量を拡大しつつ、進化を重ねました。

レーサーでは1958年にすでに125ccGPレース用の市販レーサーにデスモ・ドローミック機構
搭載しました。

 DUCATI 125ccGPレーサー (1958年式 DOHC125cc単気筒 ベベル駆動)
b0076232_19101759.jpg

 市販車では10年遅れで1番初めにデスモ・ドローミック機構を搭載したのは
250デスモMkⅢでした。

 DUCATI 250 デスモ MkⅢ (1968年式 OHCシングル250cc ベベル駆動)
b0076232_18364187.jpg

b0076232_1840229.jpg

(上の写真はどちらも250デスモMkⅢと表記されていました。)
(2011.9.15追記:DUCATI博物館の資料によれば下図の写真が本来の250デスモMkⅢの様です。)

DUCATI 450 デスモ (1974年式 OHCシングル450cc ベベル駆動)
b0076232_18153083.jpg

これはシングル最後にして最大排気量のモデルです。

もちろん、デスモ・ドローミック機構を搭載していました。

この後、日本車に対抗するためにLツインが採用されるのですが、

 DUCATI 750GT (1971年式 OHC Lツイン ベベル駆動 ノン・デスモ)
b0076232_1916939.jpg

実はこの当時、DUCATIにはもう一つ別のライン・ナップがありました。

それは並列2気筒(パラレル・ツイン)のシリーズです。

 DUCATI 500GTL (1975年式 OHC並列2気筒 500cc)
b0076232_1926181.jpg

 DUCATI 500スポーツ (1977年式 OHC並列2気筒 500cc デスモ搭載)
b0076232_19274479.jpg

 DUCATI 500GTV(1977年式 OHC並列2気筒 500cc デスモ搭載)
b0076232_19291135.jpg

しかし、このシリーズは排気量が少ない事もあってか、Lツインの影に隠れてしまい、1981年には廃盤
なりました。

このパラレル・ツインLツインより登場が後だったのはDUCATIがたとえ、デスモを積んでいなくても
Lツインはより上位のモデルだと考えていたからだと思われます。

つまり普及版のモデルを用意していたと考えられるのです。

しかし、ユーザーがDUCATIに求めるものはスポーツ性であり、強力な出力でした。

少排気量車では日本車が断然、有利でありDUCATIは大排気量車に活路を見出すしか無かったのです。

 DUCATI 750スポーツ (1972年式 OHC Lツイン750cc ベベル駆動 ノン・デスモ)
b0076232_19553787.jpg

(大排気量車と平行して350~400ccのミドル・スポーツも販売されましたが、これは免許制度の関係で
生まれたクラスであくまでも傍流でした。)
                                                     (この項続く

(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-14 21:00 | 憧れだった美女達

705.DUCATI空冷Lツインへの憧憬 (1) レーサーとそのレプリカ

 の愛車「峰風」は2003年式DUCATI SS1000DS です。
b0076232_20472810.jpg

残念ながらSS1000DS2006年で廃盤になってしまいました。

某誌の評論ではDUCATIは常にレースを主眼として考え、そのレプリカを販売して人気を得て来たと
ありました。

SS1000DSはその流れから外れた存在になってしまい、消えざるを得なかったと言う論旨でした。

確かに、近年のスーパーバイク世界選手権優勝レーサーとそのレプリカの販売はそれに当たります。
 DUCATI S・Bレーサー1098F08 と そのレプリカ (2008年優勝 トロイ・ベイリス車)
b0076232_7593240.jpg

これはDUCATIの主力が空冷Lツインだった時代でもそうでした。

 DUCATI イモラ・レーサー (1972年イモラ優勝 750cc ポール・スマート車)
b0076232_845269.jpg

 DUCATI 750SS (1974年式 750cc ベベル)
b0076232_862685.jpg

 DUCATI NCRレーサー (1978年マン島TT優勝 900cc マイク・ヘイルウッド車)
b0076232_810295.jpg

 DUCATI MHR (1979年式 900cc ベベル)
b0076232_8333163.jpg

MHRデザイン重視のバイクで性能的にはレプリカではありませんでした。

 DUCATI パンタ・レーシング (1982年式TT-2優勝 600cc コグド・ベルト)
b0076232_8135922.jpg

 DUCATI パンタSL (レプリカ 600cc コグドベルト)
b0076232_8425159.jpg

 DUCATI パンタF1 (1985年デイトナ・バトル・オブ・ツイン優勝車のレプリカ コグドベルト)
b0076232_8494221.jpg

しかし、本当にDUCATIの製品ライン・ナップ成功出来たのはこのレーサーとそのレプリカの関係だけ
だったのでしょうか?

次回はその辺りの事を述べてみたいと思います。                      (この項続く

(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-10 21:00 | 憧れだった美女達

704.V型4気筒エンジンの誕生 (3) FWSの使命

 FWSはHONDA社内の開発コードです。

本来の名前はRS1000RW、前回チョットだけ触れた営業部隊から要請のあったVFシリーズ拡販用の
レーサー
です。

しかし、当時の関係者は(ライダーを含め)このレーサーをFWSと呼んでいました。

 HONDA RS1000RW (1982年式 水冷DOHCV4 1024.48cc)
b0076232_17295920.jpg

このレーサーは通常のレーサーと大きく異なる事がありました。

それは設計要求がほとんど白紙委任状だった事です。

HONDAの会社側から出された要求は2つだけ、90°V4エンジンを積む事、そして絶対勝利する事、
それも圧倒的な勝利を獲得する事でした。

開発期間1年もなく、このため、エンジン以外は比較的オーソドックスに纏められました。
b0076232_17461888.jpg

一番苦労したのは排気管の取り回しで、後バンクの2気筒を集合させた排気管は管長を稼ぐために
リア・カウルの中でトグロを巻いていました。
b0076232_17544835.jpg

b0076232_17523950.jpg

そのためリア・カウルにはがこもり、カウルが燃えたりしました。
対策としてリア・カウルにメッシュ部分が設けられましたが、どれほど効果があったか、疑問です。
b0076232_1811434.jpg

しかしそんな事はFWSにとって大きな問題ではありませんでした。

それは下の写真を見れば判ります。
b0076232_1861321.jpg

ガソリン・タンクの側面を見て下さい。

HONDAのウイング・マークの後にあるのはガソリンの給油口です。

普通のレーサーガソリン・タンクの上に給油口があります。

つまりFWS左側からしか給油しない設定なのです。

これはFWS1982年のデイトナ200マイルレースただ一回のために作られたものだったからです。

デイトナのコースは左回りピットも左側だったのです。

実際にレースが始まると2st500ccGPレーサー2st750ccレーサーもあまりの性能差に驚きました。

そう、あのケニー・ロバーツさえも顔色なからしめたのです。
b0076232_18563766.jpg

ただ、その強烈な性能に当時のタイヤがついてゆけず、トレッドが剥がれるチャンキングと言う現象に見舞われピットインの回数が増えて結局、順位は2位でした。

しかし、その重々しい排気音とは裏腹な圧倒的な速さに観衆はV4エンジン強い印象を抱きました。

FWSVFシリーズ拡販用の宣伝ツールとしての役割をじゅうにぶんに果たしたのです。

この後、V4レーサーRVFとして最強の名を欲しいままにしますが、それはまた別の機会に・・・。

                                                      (この項了
(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-06 21:00 | 憧れだった美女達

703.V型4気筒エンジンの誕生 (2) VFシリーズの投入

 バイクの場合、普通はレーサーがまずありきで、その技術市販車にフィードバックするものです。

しかし、HONDAVFシリーズは違っていました。

量産V4の開発が決まってから現地営業部隊の要望V4レーサーデイトナ200マイルレースへの
参戦
が決まりました。

市販車の開発1981年から始まりましたが、レース部門との交流はほとんど無かった様です。

明けて1982年HONDAはついにV4市販車を発表します。

それがVFシリーズです。

 HONDA VF750F セイバー (1982年式 水冷V4 750cc)
b0076232_819118.jpg

(プロリンク・サスを装備したスタンダード・スポーツ)

 HONDA VF750 マグナ (1982年式 水冷V4 750cc)
b0076232_8241386.jpg

(HONDAが目玉と考えていたアメリカン・モデル。ガソリンタンクを2つ持ちます。)

この2つのモデルは主として北米向けで駆動もシャフト・ドライブを採用していました。
b0076232_827462.jpg

(セイバーのエンジン、後部にシャフト・ドライブの駆動部が見えます。)

そして欧州向けには半年遅れでチェーン駆動VF750Fが発売されました。

 HONDA VF750F (1982年式 水冷V4 750cc)
b0076232_8331923.jpg

当然、スポーツ性セイバーより高く北米でも人気モデルとなりました。

発売初年度でセイバー2万台VF750F2万3千台を売り上げ、新しいHONDAの金看板を上げると
いう当初の目的は果たせたのです。

                                                     (この項続く


(クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
[PR]
by SS992 | 2011-09-02 21:00 | 憧れだった美女達