「峰風」とともに

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カテゴリ:憧れだった美女達( 294 )

702、V型4気筒エンジンの誕生 (1) 直4に並ぶもの

  いまでこそ海外も含めバイク・メーカー各社はV型4気筒のエンジンを積んだバイクを作っていますが、
 1980年代にはVツインのバイクは有ってもV4を心臓とするバイクはHONDA以外にはありませんでした。

 1969年に発表されたHONDA CB750K0以降、日本の各社は多気筒、特に直列4気筒
バイクを高性能バイクの代名詞として製造していました。

 しかし、そうした状況は海外からエンブレムを取り替えてもどれがどれだか判らないと揶揄されました。

 Kawasaki Z1 ( 1972年式 空冷DOHC直4 900cc )
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 Suzuki GS750 ( 1977年式 空冷DOHC直4 750cc )
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 YAMAHA XJ750E ( 1981年式 空冷DOHC直4 750cc )
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 当然、独自性を重んじていた当時のHONDAにとっても面白い状況ではありませんでした。

そこで新しい技術を持つ独自性の表現として選ばれたのがV4エンジンだったのです。

HONDA CB750K04気筒になったのは世界GPを席巻していた当時、HONDAが得意としていた
高回転高出力
を実現する手段として自然発生的に生まれて来た技術でした。

 HONDA CB750K0 ( 1969年式 OHC空冷直4 750cc )
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 HONDA RC181 ( 1967年式 DOHC空冷直4 500cc )
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動く部品小さく軽くなれば部品に働く慣性力が減り、高速で回転したり振動したりする場面でも
抵抗が減るからです。

それを量産車応用したのがCB750K0でした。

しかし、V4の場合、事情が全く違っていました。

まずは開発すべき独自性に満ちた量産車ありきだったのです。

それがV4エンジンを積んだVFシリーズでした。

                                                      (この項続く

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by SS992 | 2011-08-29 21:00 | 憧れだった美女達

701.世界最速への夢 Kawasaki ZZR 1100-C1

 1989年、中型バイク免許を取ったばかりの私はバイク雑誌を購入し、愛車を物色していました。

その雑誌の中に一際引き付けられるバイクがありました。

それが来年発売予定の Kawasaki ZZR 1100 でした。

Kawasaki ZZR 1100ーC1( 1990年式 水冷DOHC直列4気筒 )
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この写真から漂って来るただらなぬ雰囲気は格別なものがありました。

当時の私の免許では乗れないのはもちろん、国内販売はされず、手に入れたければ、
逆輸入するしか手段はありませんでした。

私にしてみれば大型バイクである以上に逆輸入車と言うのが大きな壁でした。

私は会社員になったころから免許を取るまで比較的交通量の多い道端に住んでいましたが
逆輸入車や輸入車をほとんど見た事がありませんでした。

そのため、輸入車や逆輸入車はよほど特別な人間が乗るものと思っていました。

しかし、年が明けて正式に発売になると月に1度位の割合で見かける様になりました。

当時、大型バイクの免許は運転免許試験場で限定解除するしか手に入れられない時代でした。

バイクも希少、限定解除ライダーも希少なはずなのに何でこんなに目にするのか不思議でした。

しかし、今思えばそれだけZZR 1100 に魅せられた人が多かったという事でしょう。

また、ZZR 1100 プロも注目するバイクでした。

一番有名なのはDr.スダによるボンネビル・ソルト・フラッツでの速度記録挑戦でしょう。
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実際に速度記録挑戦に用いられたのはC1型ではなく、D1型でした。
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これはZZR 1100 の速さの秘密が走行風を効率的に取り入れ、過給効果を上げるラム・エア・スクープ
技術にあったからです。

D1型はラム・エアの取り入れ口がライト下に二連で並んで設置されており、攻撃的で迫力ある面構えには
なっていますが、私は何か平凡でつまらなく思えます

対してC1型ラム・エア取り入れ口が正面から見てによっていてヒョットコみたいです。
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私はこの性能と裏腹なおどけた表情が好きでした。

しかし、VFR750F(90)に乗る様になっても一番良く見たのはZZR 1100 の後姿でした。
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by SS992 | 2011-08-25 21:00 | 憧れだった美女達

698.新しきレーサー・レプリカ? CBR250R

 HONDAから久しぶりに250ccのロード・バイクが発売になりました。

その名はCBR250R・・・かつてレーサー・レプリカの全盛期に登場したCBR250Rの現代版?です。

 CBR250R (2011年式)
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 しかし、1990年代のレーサー・レプリカブームを知る者にとってCBR250は1990年式のCBR250RR
止めを刺します。

 CBR250RR (1990年式)
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一連の4stレーサー・レプリカは各社どこも250ccであっても直4でした。
 CBR250RR (1990年式) カウル内
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45hpの最高馬力は今となっては夢の様な数字ですが、各社、同じ規制値だったので
CBR250RRの特徴はレッド・ゾーン、19000rpm超々高回転型のエンジンでした。

これはかつてのRC-166などの4stGPマシンを思わせる数字でした。

 それに引き換え、2011年式のCBR250Rは水冷4stDOHC4バルブですが単気筒です。

最高出力27hp/8500rpmと先代の半分強の数字です。

ルックスもVFR1200を踏襲した様な重々しい姿であるばかりか車重161kgもあります。
先代は4気筒であるにも係わらず150kg前後の数字でした。)

 VFR1200F
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単気筒であるのはこのバイクがモト3のレプリカだと解釈すれば許せますが、
この車重は納得いきません

単気筒車は同排気量の直4よりスリムで軽量であるべきだからです。

今までの実績から言って製造元のタイ・ホンダの実力がこの程度だとは信じられません!

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このマシンがNSF250Rのレプリカ?ならばもっとダイエットして欲しいものです。

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by SS992 | 2011-08-13 21:00 | 憧れだった美女達

697.ヴィンセントの後を追うものたち (2) 果てしなき進化

 まずこの写真を見て下さい。
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このマシンは2008年のデイトナ・スピードウエイのプロツインレースで優勝したマシンです。

内容は空冷2バルブOHVのVツインでしたが排気量は1571ccもありました。

まさに排気量に勝るものなしを実証したこのマシンのベースは
なんと1950年代に活躍したヴィンセントのVツインでした。

その名は アーヴィング・ヴィンセント1600

製作したのはオーストラリア、メルボルンのKHE社の経営者ケン&バリー・ホーナー兄弟です。

彼等は元々、オーストラリアのヴィンテージ・スーパーバイククラス
1300ccのアーヴィング・ヴィンセントで出場し、無敵を誇っていました。
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しかし、彼等が目指すBOTTには少々力不足と考えられたので1600ccに排気量を上げることにしました。

その結果、162psと言う大馬力を6500rpmと言う低い回転数で得る事が出来ました。

しかもこのエンジンは排気量を増大していたばかりか、燃料噴射機構すら組み込まれていたのです。
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もはやそこには古き良きヴィンセント ラパイドC の姿は無いように見えます。

 ヴィンセント ラパイドC ブラックシャドウ (1949年式 1000cc OHV2バルブVツイン)
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しかし、細部に目をやってみるとそこには紛れも無いヴィンセントの面影が窺がえます。

 エンジン右側
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 エンジン左側
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Vバンクの挟み角が65°から50°に狭められている以外、殆ど同じです。

さらにカウルとタンクを省いてみると正にヴィンセントの姿が現れます。
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ミニマムなフレーム(オイル・タンク兼用)の姿は元のままです。
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 ヴィンセントカンチ・レバー風のリア・サスを持っていました。
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アーヴィング・ヴィンセントではカンチ・レバー式オーリンズ・サスペンションを装備して元祖の姿を守ると
共に必要充分な性能を確保しています。

現代風のカウルやタンクの下には脈々と流れるヴィンセントの血があったのです。

 <追記>
アーヴィング・ヴィンセント純レーサーですが、他のコンストラクターには現代版ヴィンセント
ロード・バイクを出している人もいます。
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ヴィンセントに魅せられた人々は永遠にいるかの様です。
                                                         (この項了)
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by SS992 | 2011-08-09 21:00 | 憧れだった美女達

696.ヴィンセントの後を追うものたち (1) 仮面を被った駿馬

 英国の名車ヴィンセントについては今まで何度と無く取り上げてきました。

現在のコンストラクターであるフリッツ・エグリパトリック・ゴテの活躍は前に取り上げました。

 エグリ・ヴィンセント ( フリッツ・エグリ作 )
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 エグリ・ヴィンセント ( パトリック・ゴテ作 )
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どちらもヴィンセントの名声を継ぐ物として相応しい作品群です。

しかし、オリジナル・ヴィンセントと彼等の作品には大きな違いが幾つかあります。

 ヴィンセント ブラック・シャドウ ( 1949年式 空冷OHV 2バルブVツイン 1000cc )
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それは前後サスペンションの構造です。
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前部はオリジナルではガードロリック・フォークエグリ・ビンセントではテレスコピックフォークが使用されていました。

ガードロリック・フォークはより古いガーター・フォークに似ていますが、実は当時の
テレスコピック・フォークの剛性不足を補うためにヴィンセントが開発したものでした。

もちろん今では倒立フォークもあり、テレスコピック・フォークで不足を感じることは少ないと思いますが
今から約60年も前にテレスコピック・フォークを超える装備をしていたとは驚きです。

また、リア・ショックもヤマハが開発したモノクロス・サスペンションと殆ど同じ機構を持っていました。

そしてヴィンセント ブラックシャドウ のもう一つの特徴、フレームレスかと言うほどフレームがミニマムな点は
エグリ・ビンセントでも再現されていますが二本ショックを支持するためにシート・レール
付加されていてオリジナルから遠ざかってしまいました。( クラシカルな雰囲気を求めたのかも? )

こうした違いを嫌うものの、更に高性能化したヴィンセント ブラックシャドウを求めた人がいました。

スイスのヒューゴ・パルメラーです。
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彼はヴィンセントのレストアに関して豊富な知識と経験を持っていました。

そしてそれを生かしてもともと1000ccだったブラックシャドウを1200ccに強化する事に成功したのです。

 1200cc ブラックシャドウ 
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外見だけではこれが1200ccもの排気量を持つ事はわかりません。

 ブラックシャドウ1950年代から1960年代後半HONDA CB750K0 が登場するまで、
世界最速の市販バイクの名を欲しいままにしましたが、1200cc版はそのブラックシャドウを
アクセル一捻りで置き去りに出来るのです。

最高出力 オリジナル 55bhp/5700rpm
       1200cc  65bhp

と、10bhpの差があります。

しかも、1200cc版はトルクも太いのでギアもハイ・ギアードに設定できるのでオリジナルを置き去りにする
と言う爽快な走りが可能になったのです。

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正に仮面を被った駿馬です。

しかし、世の中には更に過激な人達がいました。

次回は更に進化したヴィンセントを紹介します。

                                                        (この項続く)



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by SS992 | 2011-08-05 21:00 | 憧れだった美女達

692.ツイン・エンジンの可能性 (11) パラ・ツインの顔を持ったVツイン

 YAMAHAと言う会社は面白い事にある日突然、思いついた様に新コンセプトの車両を出して来ます。

 YAMAHA SDR ( 1986年式 2st単気筒 )
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これはYAMAHA得意のデルタ・ボックス・フレームメッキ鋼管パイプの溶接で表現したライト・ウエイト
・スポーツ
でした。

その減量化は徹底していて、ソロ・シートなのはまだ良いとしてスポーツ・バイクなのにタコ・メーターすら
省略
されていました。

非常にユニークかつ美しいバイクでしたが、当時はレーサー・レプリカの全盛期、あまり売れませんでした。

同じ様なバイクとしてTDMー850と言うオフ・ローダー様のツアラーが有りました。

 YAMAHA TDM 850 ( 1991年式 )
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アルミ製デルタボックス・ フレーム
エンジン 850cc
水冷4ストローク並列2気筒DOHC5バルブ
最高出力 72ps

こちらは有る程度の成果を収め、最終的にはⅢ型まで造られました。( 900ccまで排気量増大 )

そして、YAMAHAは何んと、このTDM-850エンジンを使用し、DUCATI 900SSの市場に食い込む事を
企てたのです。

 DUCATI 900SS ( 1989年~1997年 )
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YAMAHA TRX-850 ( 1995年~1999年 )
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DUCATI 900SS90°Lツインの不等間隔爆発のトラクションに富んだエンジンでしたが、本来の
TDM-850のエンジンはパラレル・ツイン、360°クランクの等間隔爆発でした。

しかし、DUCATI様のトラクション感覚を重視したYAMAHAは振動が出るのを覚悟360°クランク
270°クランクに変更して不等間隔爆発を実現しました。

必然的に発生する振動は新たにバランサーを装備して対処しました。

発売当初はDUCATIより安価でほぼ同性能を実現出来たので人気を博しましたが、やがてHONDAの
VTR1000Fが発売になると性能的に劣るため、姿を消しました。

 HONDA VTR-1000F ( 1997年~2003年 )
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しかし、パラレル・ツインの形態をしたエンジンなのでエンジン長は短く、短いホイール・ベースの割りには
長いスイングアーム
を持っていました。

 YAMAHA TRX-850 フレーム
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ピポット・レス・スイングアームでは無いのでピポット・レス化すれば更に長いスイング・アームを装備出来たと考えられます。

当時はトラクションの重要性は認識されていたものの、アンチ・スクワット性の重要度はまだ、
あまり認識されていなかったのです。

アンチ・スクワット性に係わるスイングアームの取り付け位置mm単位で変ります。

もし、TRX-850がこの点に留意した設計をしていたら、後発のHONDA VTR1000Fはおろか、
本家DUCATI 900SSを凌ぐ総合性能を手にしていたかもしれません。

パラレル・ツインの顔を持ったVツイン・エンジンを装備したTRX850でしたが、やはり、
バランサーと言う出力を発生しない枷を持たざるを得なかったのは残念です。

                                                        ( この項続く

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by SS992 | 2011-07-20 21:00 | 憧れだった美女達

691.ツイン・エンジンの可能性 (10) 振動との戦い ノートン・コマンド

 1950年代に一世を風靡した英国車、中でもノートン1970年代になっても生き残っていました。
しかし、日本車、特にHONDAが多気筒の高回転・高出力車減速機別体のパラレル・ツインと言う、
旧式なパッケージングで市場を争わなければならなかったのです。

 ノートン コマンド JPSバージョン ( 1973年式? )
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排気量が当時の日本車より少し大きかったのでその分、トルクは太く、回転は少なめでも良かったので、クランク360°を採用していました。

日本車でもHONDAのドリームCB72一般走行用には360°クランクのタイプ2を、スポーツ走行用には180°クランクのタイプ1を、と二つのクランク設定を用意していました。

180°クランクのタイプ2は等間隔爆発だったので振動の問題は殆どありませんでした。

360°クランクのタイプ1は不等間隔爆発であったため、振動が発生しましたが、排気量が少ないため、
大きな問題にはなりません
でした。

 HONDA ドリーム CB72 タイプ1 ( 1961年式 180°クランク 等間隔爆発 )
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 HONDA ドリーム CB72 タイプ2 ( 1961年式  360°クランク  不等間隔爆発 )
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(Y部品のソロ・シートやステアリング・ダンパーが付いていて紛らわしいですが、この車両はタイプ2です。)

しかし、ノートン・コマンド750~850ccもあり、しかもパラレル・ツインだったので360°では振動
激しく、市販車はアイソラクティック・フレームと言う、エンジンのラバー・マウントでこの問題を解決していました。

 ノートン コマンド の アイソラクティック・フレーム
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このエンジン搭載方法のおかげで市販車はシルキーな乗り味と絶賛されましたが、レーサーはそうは
行きませんでした。

 ノートン・レーサー JPN-G スタイル ( 1972年式 750cc )
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パニア型の燃料タンクで重心の低下を図り、ハンドリングの向上を狙っていました。

ノートンレーサーのフレームを見るとアイソラクティック・フレームを採用していない様に見えます。

 ノートン・レーサーのフレーム
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ノートン・レーサーライダーライバルと戦う前に自車の猛烈な振動と戦わなければ成らなかったのです。

パラレル・ツインもまた、高回転・高出力型とするにはバランサーが必要不可欠なものだったのです。
                                                        ( この項続く

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by SS992 | 2011-07-16 21:00 | 憧れだった美女達

686.ツイン・エンジンの可能性 (8) ラベルダとアプリリアの独創性

 ラベルダイタリアのバイク・メーカーです。

現在はDUCATIやMVアグスタばかりが名をはせていますが、イタリアには他にもアプリリア、モト・グッチィ、ジレラ等、名の通ったメーカーだけでも5指に余るメーカーがひしめいていました。

 DUCATI スパッジアリ・レプリカ (2011年 TIO製作)
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( ベベル系Lツイン・スポーツの到達点の一つです。) 

そして得意とする分野もそれぞれ違っていて流石はルネッサンスのお国柄だと感心します。

DUCATI → Lツイン、MVアグスタ → 4気筒マルチ、アプリリア → V4、モト・グッチ → 縦置きV2、
ジレラ → 単気筒 と、各社各様です。(日本とは違いますね。)

今回、取り上げるラベルダ平行2気筒(パラレル・ツイン、通称パラ・ツイン)のメーカーです。

ラヴェルダ1949年設立され、数々の伝説を残しながら2004年にアプリリアに買収され、会社は消え、
ブランド名だけが残った薄幸のメーカーです。
 
さて、それでは彼等の製品を見てみましょう。

 古いモデルのデータが手元に無いので手持ちで一番古い 750 SFC についてまず、
見てみたいと思います。

 ラヴェルダ 750 SFC ( 1970年式 SOHC パラレル・ツイン 後期型2-1マフラー装備 )
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( 後に付いたストップ・ランプ兎の尻尾の様で可愛いです。 )

このバイクはフレームにも独創性が見られました。
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ダイヤモンド型ともバックボーン型ともつかない不思議なデザインです。

ただし、やたらとスイング・アーム長が短いのでアンチ・スクワット性はあまり良くなかったと推定されます。

この時代、カーブパーシャルでやり過ごし、直線に入ってから加速したので問題には為らなかった
のでしょう。

 ラヴェルダ 750S ( 2000年式 水冷 4St DOHC パラレル・ツイン 746.2cc 90.8ps/8950rpm )
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2000年辺りになるとアルミ・ツイン・フレームの使用がレプリカでなくても当たり前になり、カウルも
纏っている
ので、限りなくレーサー・レプリカに近づいていきました

ただし、750SFCの時の様にスイング・アーム短く設定せず極力、長いスイング・アームと極力、短いホイール・ベースの両立に注意が払われているのが印象的です。

後にラヴェルダを吸収合併するアプリリアもこの当時はV4より、V2に力を入れていました。

 アプリリアSL1000 ファルコ(2000年式 水冷4st 60°V2 DOHC 4バルブ997.62cc118hp/9250rpm )
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まだラヴェルダ吸収合併する前の作品なのでエンジンはロータックス製の物を積んでいました。

ツインエンジン可能性はDUCATIのLツインだけのものではありません

パラレル・ツインVツインにも同様なメリットがあったのです。

むしろ、エンジンの前後長を抑えられるのはLツインよりパラ・ツイン、Vツインの方でした。

しかし、DUCATIデスモドローミックの様な売りに出来る機構を持たなかった ラヴェルダファルコ
歴史の闇に呑まれて消えていきました

                                                      ( この項続く )

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by SS992 | 2011-07-07 21:00 | 憧れだった美女達

685.ツイン・エンジンの可能性(8)和製トライアンフ、YAMAHA XS1・650

 日本国内四大メーカーが生き残りを賭けて北米市場に進出して行った時、YAMAHAは何をしていたの
でしょうか?

 YAMAHAは創業時からの2stエンジンの老舗でしたから、世間は当然、新型2stモデル北米市場に
投入するもの
と思い込んでいました。

 しかし、1970年、満を時してYAMAHAが発表したのはトライアンフのデッド・コピーかと思える様な、
650ccバーチカル・ツインの、何の変哲もないつまらないバイクに見えました。

 YAMAHA XS1・650 (1970年式 OHC 2気筒 653.5cc )
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デザイン凡庸ですが、そこから立ち上ってくる走りの雰囲気は唯ならねものがありました。)

しかも2stのYAMAHA本格的に送り出す初めての4st大排気量車でした。

当然、安全策を取ったと言う見方も出来ます。

しかし、技術の世界は物事が一足飛びに発展する事は有り得ません

地道な努力を積み重ねて新しい物を生み出すのです。

近年のベンチャー企業の中には一朝一夕に育った会社がありますが、
それとて母体となった会社なり、個人の長年の研究が必ずあります。

だから 大排気量4st車を開発するにあたってYAMAHAがトライアンフを模したかの様なバイク
作った事を賞賛しこそすれ、非難する気にはなれません。

つまり、YAMAHAは原点に立ち返って自分達の立ち位置を見定めな直したのです。

 YAMAHA XS-1・650トライアンフ T120 ボンネビル比較してみると面白い事が判ります

 性能比較表
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エンジンの形式は古いT120はOHV、新しいXS1はOHCである以外、同じです。

排気量、圧縮比もほぼ同等、しかし、出力XS1の方が7ps上回っています

これはNo。683のHONDA CB450の時に述べた様にXS1の方がショート・ストロークであるため、
エンジンを高回転まで廻せるので出力が上回ったのです

また、これは次に評価する使用感に関係する事なのですが、車体重量/エンジン出力の比を見てみます。

T120車重164kgで最高出力は46ph、重量・出力比は3,57でした。 対する
XS-1車重185kgで最高出力は53hp、重量・出力比は3.49でした。

僅かですがT120の方が上回っています

これがT120の弾けるようなパンチ力の元となっていました。

反対により少ない重量・出力比、3.49を持つXS1はスムーズな運転を可能としました。

あと、使用感、と言うか、数字に出ない部分でも両者には大きな違いが有りました。

より新しいバイクであるXS1エンジンのピック・アップが良く、スムーズで心地よかったそうです。

対するT120トルクのリズム感が勝れ、弾ける様なパンチ力を体感出来ました。

しかし、T120の基本設計は1940年代ストロークの長いギア・シフトは間を置いたギア・チェンジが必要で
慣れないと使いこなすのが難しかった様です。

また、クラッチの切れも悪く、ブレーキもプアでした。

この点新しいXS15速の減速機を装備し、小気味良いシフトが可能でしたし、クラッチも良く作動しました。

ブレーキの能力も充分でしたが、XS1-E(1971年式)では前輪にディスク・ブレーキを装備して安全性を
高めました。
(このXS1-Eにはセル・モーターも付き、ユーザーに喜ばれました。)

 YAMAHA XS1-E (1968年式)
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(この車両はあちこちにオーナーの手が入っており、原型から少し離れた存在になっています。)

しかし、HONDA750ccのCB750K0を発表していたので排気量の少ないXS1
あまり売れませんでした。

1972年、YAMAHAはXS1を750ccにボア・アップしたTX750(OHC 並列2気筒)を出しましたが、
今度はkawasakiのZ1の陰に隠れてしまい、とうとう大排気量の並列2気筒の開発を中断して
しまいました。

 YAMAHA TX750 (1972年式 空冷 4St 2バルフ ゙並列2気筒 743cc 63hp/6500rpm 5速 210kg)
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この後、YAMAHAはGX750(1976年式 DOHC 並列3気筒 シャフト・ドライブ)を開発し、やはり、多気筒化の道を歩むのでした。

 YAMAHA XSー750 (1976年式 DOHC 並列3気筒 3-2・マフラー シャフト・ドライブ)
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XS-750は GS750の輸出仕様。)
                                                     ( この項続く )

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by SS992 | 2011-07-03 21:00 | 憧れだった美女達

682.ツイン・エンジンの可能性 (5) HONDA CB450 の先進性

 前回取り上げました HONDA CB450についてもう少し語ってみたくなりました。

新資料を見つけたのです。( ClassicFeeling MOTORCYCLE MAKE A MAN ) 

当時、HONDA CB450画期的なバイクとの評価があったそうです。

 HONDA CB450 (1965年式)
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何故、そう評価されたかと言うとDOHCをレーサーでは無く、市販車に採用したからです。

1960年代、DOHC はレース毎に整備するレーサー以外では有り得ない装備だったのです。

特に10,000rpm以上廻すエンジンには耐久性に疑問が持たれたのでした。

しかし、HONDAWGP4stエンジンで2stエンジンのライバルと戦っていました

4stは2stと同馬力を得ようとした時、2倍の回転数が必要です。

すなわち、HONDAはエンジンの高回転化に必要な技術をレースで培っていたのです。

GP250cc4気筒のワークス・マシン19,000rpm240km/hの最高速度でした。

CB 450 は最高回転数が10,000rpmなのでGPマシンに比べれば、耐久性の要求は少なかった
と言うより、GPマシンの耐久性を持ってすれば10,000rpm位の回転数は半分だったので
市販車にDOHCを使っても問題は無かった
のです。

また、ピストン・ストローク超ショート・ストローク化すれば、ピストンがシリンダー壁を擦る速度を
遅く出来ます


そうすると、当然、摩擦熱の発生が少なくなり、発熱を抑えられます

ピストンやシリンダーが変形する熱膨張最少限度に抑える事が出来るのです。

1960年代当時、英国車は比較的ロング・ストロークのエンジンを積んでいました。

 ノートン ドミネーター 650 (19561年代 646cc OHV2気筒 )
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HONDA CB450ボアXストローク70X57.8mmでした。

これを当時の英国製ロング・ストローク・ツインOHVエンジン、ノートン650と比べると、
ノートンの最高出力・回転数、6,500rpmと同じになります。

つまり、ノートン650のエンジン6,500rpm廻すのとHONDA CB45010,000rpm廻すのが
同じ負荷になるのです。

同じ負荷であれば早く廻した方がバイクは速く走ります。

同時代の欧州、英国や独国のバイク、トライアンフやBSA、BMWと言った大排気量ロード・スポーツ
して君臨したそれ等がどれもOHVエンジン最高回転数は廻っても7,500rpm位でした。

 トライアンフ T120 ボンネビル ( 1966年式 OHV 2気筒 649cc 46ps/6500rpm )
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 BSA 650 RGS ( 1962年式 OHV 2気筒 646cc 43ps/6500rpm )
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BMW R69 (1969年式 OHV2気筒 599cc 40ps/6,400rpm 最高速度167km/h )
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いかにHONDA CB450画期的なバイクとして迎えられたか、判ります。

HONDA CB450性能だけでなく、その姿も個性的でした。

特にそのガソリン・タンククジラ・タンクと呼ばれ、異彩を放っていました。

1968年、CB450 は CB450 K1 に進化し、 変速機が4段から5段へ、最高出力も43phから45ph
増え、ホイール・ベースも1,350mmから1,375mmにしてパワーアップと操縦安定性の改良
成功しましたが、一大特徴であったクジラ・タンクは通常のティア・ドロップ型にされて平凡な外観になったのは残念でした。

この後、HONDAは大排気量車は四気筒で行く事を決めたので、CB450 K1 はHONDAにとって
最初で最後の平行2気筒大排気量車となりました。(後のBROSやVTRはVツインです。)

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by SS992 | 2011-06-18 21:00 | 憧れだった美女達