「峰風」とともに

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573.走る宝石 MVアグスタ F4 リニューアル!

 走る宝石MVアグスタ F4 がフル・モデル・チェンジされました。
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一番特徴的なのは排気管が丸パイプから角パイプに変った事です。
その他の変更点は多岐に及びますが、意外と目立ちません。

F4(新)                             (旧)
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ストリップの写真を見るとフレームからして別物になっているのが判ります。
また、排気系も大きな変更を受けました。
F4(2010年)                         F4 (750)
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外見で特徴的なのはエア・ダクトの開口部がきくなり、数もえ、それには金網が張っていない事です。
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最初は安っぽく成ったなぁと思いましたがF4がよりレーサー・ライクなバイクに近づいたと
思えばこれも返って精悍さが増したとも言えます。

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もう一つの大きな変更点はガソリン・タンクの後部形状です。
立ち上がりが緩やかになり、ライダー・ポジションが少し、楽になりました。
F4 ago ( 旧モデル )
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ただ、私的には前の立ち上がったガソリン・タンクが好きです。
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名門フェラーリのエンジン開発部に限りなく近い部署から生み出された F4 のエンジン
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最高出力163.0ps/12700rpm 最大トルク10.3kg-m/9400rpm を発揮します。
走る宝石と言われたF4ですが、今度の変更で走る宝剣となったのです。
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by SS992 | 2010-03-13 22:03 | 憧れだった美女達

572.軍艦民族学講座・・・のつもり?(5) 大航海時代の先駆け

 平和を好みながら軍事大国化して滅ばなければならなかったフェニキア人と比較して
勇猛果敢な戦士の集団バイキングではこの武装と好戦性の関係はどうだったのでしょうか?

先ず、皆さんは彼等の船に軍艦である様、特化した部分が何処にも無い事に気付かれるでしょう。
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頑丈な上陸用舟艇である事は確かですが、これ自体に破壊力はありません

彼等は勇猛果敢な戦士でした。 当然、個人の武勇は重んじられます。
したがって、船そのものを武器と考える様な思想はありませんでした

彼等のやり方は実に誇り高いものでした。
これから襲う町使者を出し、女・子供の避難が終了したのを確認してから襲撃したのです。

彼等はヨーロッパ大陸の沿岸部の殆どに足跡を記し、グリーン・ランドや北米にまで足をのばしました。
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そして、やがて平和裡に貿易を行う様になり、滞態していた欧州の通商に活を入れる役割を果たした後、
文明の恩恵に懐柔されて他の国々に吸収されていきました。
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by SS992 | 2010-03-11 23:05 | モロモロ

571.軍艦民族学講座・・・のつもり?(4) 民族の好戦性と武装の有無

 フェニキア人は互いに剣を交える様な戦闘を好んでいなかった事は既に(569.)で述べました。
しかし、どうしても戦わなければならない時には自らの勝れた操船技術を生かして一気にケリをつける為、
戦闘専用艦を作ったのです。
 彼等は本当に自らの艦を手足の様に操る事が出来ました。 
衝角戦だけでなく、敵艦の横に並ぶと、わざと重心をずらして艦を傾け、敵船側の船腹を突き出しながら
接近し、相手のオールを全て一瞬で折ってしまうと言う高等技術も持っていました。

勿論、商船はこんな武装はしていません。 ごく普通の1枚帆の帆船でした。
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彼等は元々、砂漠の民だった様です。 砂漠を旅する内に何も目標物の無い砂漠で星や太陽を頼りに位置や、
方位を割り出す方法に長けて行った様です。

この技術は地中海の他の海の民は持っておらず、地中海の貿易権フェニキア人が一手に握って
いました。
 他の海の民は沿岸航海しか出来ませんでしたが、勇猛で度々、フェニキア人の商船を襲いました。
フェニキアの戦艦はこうした海賊(?)から自国の商船を護る為に生まれました。

つまり、派手々しい武装だけを見て相手が好戦的と判断するのは早計だと言うことです。

しかし、防衛用とはいえ、武装は武装です。  しかも、彼等はこの防衛力すら販売した様です。
(ペルシャがギリシャを攻めた戦いで行われたサラミスの海戦には多数のフェニキア戦艦が
ペルシャ側の戦力として参加していました。)

そして、地中海の沿岸殆どを支配下に置く、軍事大国カルタゴを生みましたが、同じく地中海の覇権を狙う、ローマと対立、第1、2 ポエニ戦役でローマに滅ぼされました。

今の感覚では武器を持った方が好戦的と考えがちですが、一概にそうだとは言えない事が解ります。
しかし、自分達の武装の意味を忘れると結局、軍事大国化して滅びる運命になるのです。 
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by SS992 | 2010-03-09 21:26 | メカ談義

570.軍艦民族学講座・・・のつもり?(3) バイキング軍船

 次はバイキング軍船について解説します。
バイキング軍船とフェニキア戦艦の大きな違いはフェニキア戦艦が明らかに前後で形状が違うのに、
バイキング軍船は殆ど同じ形をしており、前後対称と言っても良いくらいです。
これはバイキングが沿岸都市を襲撃した後、急いで撤退する時に船の向きを変えずに済むからです。
また、同じ理由でフィヨルドの奥や河川で行動する際にも前後の区別が無い方が都合が良いのです。
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もう一つの大きな特徴は船体の外板の張り方にあります。
我々には当たり前すぎて気が付かないかもしれませんが、バイキング軍船の外板は2枚の板を
並べて張るのでは無く、半分づつ重ね合わせて張ってあるのです。(これを 鎧張り と言います。)

フェニキア戦艦の方は2枚の外板は並べて張ってあります。( カラベル張り 570.参照 )

こうした強固な構造をバイキング軍船が持つのは北海の荒海での航海に耐えるためもありますが、
むしろ、沿岸都市の襲撃時、高速のまま、岸に乗り上げると言う荒っぽい使い方をするため、
この一種のセミ・モノコック構造を採用したのだと私は考えます。

フェニキア戦艦とバイキング軍船の設計思想を比較すると面白い事が解ります。

次回はこの比較から見える両民族の性質と運命を語ってみたいと思います。
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by SS992 | 2010-03-07 21:41 | メカ談義

569.軍艦民族学講座・・・のつもり?(2) フェニキア戦艦

 フェニキア戦艦の一番の特徴は船首の備えられた巨大な衝角です。
目的はこれで敵船に体当たりし、横腹に大穴を開て沈め様と言うもので主力武器です。
衝角防護盾は格闘戦になった時、敵に一番突かれ易い後部側面を守る為のものです。

戦闘甲板は戦闘員が漕手の邪魔をしないで戦える様にする為と言われますが、
私は動力源である漕手を上から降ってくる矢や石、火炎弾などから護る装甲板としての役割が
重要だと考えます。
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次に最も特徴なのは オールが二段に配置され、漕手もそれに合わせて交互に配置されている事です。
これは二段漕ぎ(ディエレ)と呼ばれていました。

船の速度を増すには漕手の数が多い方が良いですが、船の長さは構造強度上、あまり長くは出来ません。
そこで彼等は二段漕ぎ(ディエレ)を考えだしたのです。

ここまで漕手を増やすと漕手の飲料水・食料の搭載量も馬鹿にならず、貨物は殆ど積めません。
船の一番の利点、一度に運べる物資の多さ、つまりは搭載量を犠牲にしているのですから、
フェニキア戦艦が如何に戦闘専用の船として作られていたかが判ります。

次回はバイキング軍船です。
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by SS992 | 2010-03-05 21:35 | メカ談義

568.軍艦民族学講座・・・のつもり?(1)

 しばらくぶりに自分の部屋を整理していたら面白い物が出てきました。
実は30年前には、私もコミケに出入りするヲタクの一人でした。

仲間の一人が出す予定のメカニック同人誌に原稿を頼まれて描いたものです。
メカニックと言うと金属の輝きが眩しい宇宙船や航空機が主体でしたが、へそ曲がりの私は木製メカで記事を
構成しようと企みました。

その結果、木製メカの代表である初期の木造軍艦としてフェニキア戦艦とバイキング軍船に焦点を当ててみたのです。
今読み返しても面白いのでBlogに再録してみる事にしました。

軍艦民族学講座・・・のつもり?
 軍艦民族学等と言っても大した事をやろうとしている訳ではありません。
メカ・デザインがその民族の持つ性格や置かれた環境によってどの様な影響を受けるか検証してみようと
言う試みです。

 サンプルはフェニキアの戦艦バイキングの軍船です。
では本編に入る前に二つの海洋民族を簡単に紹介しておきます。

フェニキア人は紀元前14世紀~紀元前5世紀にかけて地中海を中心として貿易や手工業、土木工事請負
生業として栄えた民族です。
彼らは資源としてはレバノン杉位しか持たず、技術を売って歩いたと言えます。
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その根拠地は現在のレバノンにあり、東西文明の交流の場として格好であった反面、
常に戦火の絶えない場所でも在りました。
この事は彼等に陸に対する信頼を失わせ、彼等はますます海との同盟に頼る様になりました。
彼等がオリエント文明圏の発展に果たした役割は計り知れない物があります。

一方、バイキングは紀元8世紀~10世紀に北欧、スカンジナビア半島に発達していたフィヨルドを根拠地
して欧州全域を席巻した民族です。
彼等は騎馬民族と同様、生産性の低い土地から人口の圧力によって爆発的に拡がった戦士集団であり、
各地で略奪を行い、恐れられました。
その勇猛さは英雄伝(サーガ)にも謳われています。
彼等は北海の荒波を越え、北米大陸にまで足跡を記し、来るべき大航海時代の下地を作りました。
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このあっさりとした紹介でもフェニキア人が産業貿易立国をはかり、バイキングが武力遠征
主な活動とした事がお判り頂けると思います。

両者の軍艦はフェニキア戦艦が海上交通路を守る戦闘用に、バイキング船が遠征・上陸作戦用とそれぞれ
目的にかなう設計となっています。     

しかし、両者の軍艦は非常に良く似ています。
どちらも、木造の竜骨船で喫水が浅く、主推進力は人力でオールを漕ぐタイプ。
帆は一枚帆で補助的な物でしか在りません。
更に飛沫を防ぐための丸盾を舷側に並べている点まで同じです。
そして、どちらも高速を得るために非常に細長い船体を持っています。

これは戦略的な要求が異なっていても、戦術的な要求が同じだったり、
用いる事の出来る技術が同じだったら、同じ様な形になると言う良い例です。

フェニキア戦艦は海戦時に船首に突き出した衝角を敵艦に突き立てる為に、
バイキング軍船は沿岸都市を急襲し、戦果を上げたら急速に引き上げる為に、
どちらも高速性、高機動性を必要としました。

でも、当時、この要求を実現するのに使える動力は人力しか無かったのです。

この時、推進効率を上げる為には細長い船体が必要で、細い船は構造強度を上げる為、竜骨(キール)を
必要とします。
更に喫水も浅い方が推進抵抗が少ないのです。

帆が一枚なのは巡航時に必要な最少必要で済ましているからです。

丸盾はバイキングは上陸後の肉弾戦に必要な盾を船上で格納する場所が無いので飛沫防止を兼ねて、
舷側に並べているのでしょう。

フェニキア戦艦も戦闘の成り行きで相手の船に乗り移ったり、乗り移って来た敵兵を防ぐ為に肉弾戦
する場合に備えて盾を舷側に並べ、戦闘に使わない時は、飛沫除けとしていたと考えられます。

特にフェニキア戦艦の場合、乾舷が高く、最上甲板に海水が滞ると重心が高くなり、転覆しやすくなるため、
確実に海水を抜く必要がありました。

嵐などで大量の海水が最上甲板に溜まった時、盾の下から海水が出てゆくのを待つのではなく、
盾が外れて(外して?)大量の海水が一度に抜ける事を期待していたと私は考えます。

細部の違いについては(2)~(3)に続きます。
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by SS992 | 2010-03-03 21:06 | メカ談義

567.大河ドラマに見る「剣の道」 (3) 坂の上の雲

 2009年末から3回だけ放送された「坂の上の雲」・・・。 どうやら、2010年も年末だけ3回放送する予定の
ようです。 2011年も同じで 合計9回 の作品となる(?)のでしょうか?。
 でもなんで、こんな複雑怪奇な放送形態をとるのでしょう。
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 私は前2回の記事で日本人の心の根底にある「剣の道」に対する憧れを取り扱ってきました。
その結果、気付いたのです。 「天地人」で武士のあるべき姿を求め、ある程度、実現した男を描き、

竜馬伝」で武士のあるべき姿が開国によって見直されてもなお、生き残る事を・・・。
(これはまだ「竜馬伝」が終わっていないので推論に過ぎませんが・・・。)

そして、「坂の上の雲」では生き残った「剣の道」が国際情勢上、危うい状態にあった
日本を救いつつも、その後の歴史を誤った道にはまり込む様、誘導してしまった事を描こうとしていると、
考えました。

 「天地人」では戦乱の世とその終わりが描かれ、「竜馬伝」では混乱の時代とその中で日本人が何を信じ、何を選び取ってきたのかを描き、その二つの時代を背景として明治時代以降の戦乱と混濁の時代の始まり
描く「坂の上の雲」を「天地人」、「竜馬伝」、二つのドラマとオーバーラップさせる事によって
更に鮮烈に描こうとしていると私は思いました。

日清戦争・・・まだ実質上の武士が多数存在していた時代・・・。
         武士が戦闘に望む時、その戦闘力はハード・ウエアの差を補って余りあるものでした。
         また、礼と公正を重んじるその戦いぶりは世界から賞賛されました。

清国 北洋艦隊旗艦 定遠 厚い装甲と30センチの巨砲4門を装備していました。
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日本艦隊旗艦 松島 装甲は薄い巡洋艦ですが、速度が速く、備砲も12センチと小さいですが
               発射速度が速く、清国、北洋艦隊はその弾雨に敗北しました。
               (松島の主砲は32センチでしたが、結局使い物になりませんでした。)
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日露戦争・・・この時も実質上の武士は生き残っていました
         その彼等が勝れたハード・ウエアや新技術を手にした時、無敵になる事を示しました。

旗艦 三笠 上で指揮を執る東郷司令長官
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バルチック艦隊の首脳陣が重装甲に囲まれた司令塔内に陣取っていたのに比べ、
東郷司令長官はその幕僚は司令塔内に非難させていましたが、本人は吹きさらしの露天艦橋で指揮を執り
続け、自らは戦死してもそれまでに研究し続けてきたT字戦法の態勢を完成させる事を最優先しました。
結果、バルチック艦隊は全滅し、日本は外交を有利に進める事が出来ました。
ここでも、礼を重んじ義を愛する「剣の道」は日本を勝利に導きました。

 そしてここが重要なのですが戦争に勝つと言う事は勝っている内に戦争をやめると言う事政府首脳が良く理解していた事でした。

しかも、敗者に対する労わりの心も持っていました。
日本のあちこちにあったロシア人捕虜収容所で行われていた事を知っていますか?
 文盲の人が多かったロシア人下級兵士に対して自分の名前さえ、読み書き出来ないのは
余りに気の毒だとしてロシア語教育が行われていたのです。

 しかし、ここで勝ってしまったが故に後の大陸派兵と南方進出と言う分に余る事を精神論で推し進めると
言う過ちを犯してしまいました。

 戦争は外交の1手段に過ぎず、決して勝つことが目的ではないのです。
敢えていえば、第2次大戦もハワイ・マレー沖海戦の後、即、終戦交渉に入り、場合によっては勝ちつつも無条件降伏すると言う選択肢もあったと私は思います。
最低限、ABCD包囲網さえ外せれば目的は達せられるからです。

もし、ここで全面的に手を挙げられたら連合国側は困り果てたのではないでしょうか?
世界中が成り行きを見守っています。

幾ら無条件降伏した相手でも粗末に扱えば世界中から非難されます。
しかも、彼等は勝っているのに無条件降伏したのです。

原爆を落すなどもっての他です。 軍は解体されるでしょうが、国民は返って軍備に力を取られること無く、
速やかに復興した事でしょう。

我々日本人が美徳とする公正で無私な為政者が居り続けていれば・・・と、残念で堪りません。

いや、我々がそうした指導者を育て、選んで行く様にすれば良いのです。
まだ遅くは在りません


     
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by SS992 | 2010-03-01 21:13 | モロモロ