「峰風」とともに

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626. バイクの宝石 ビモータ (2) 挫折と中興

 1983年、マッシモ・タンブリーニがビモータを去り、ドゥカッティから来たフェデリコ・マルティーニ
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ビモータ社のチーフ・エンジニアとなりました。

彼は部下のピエール・ルイジ・マルコーニを支援して、革新的試作車 テージ(論文)を
発表、話題を浚いました。

マルコーニは大学時代から前輪のセンター・ハブ・ステアリングの研究を行っていたのです。

マルティーニはこの研究の将来性に大いなる発展を感じた物と思われます。

 試作車 Tesi (HONDA VF400の他、数種類のエンジン搭載車があった様です。)
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前方のサスペンションもスイングアーム化し、センターハブ・ステアリングが出来る設計でした。 

しかし、この試作車の完成度が高すぎた為に市販間近との噂が広がり、噂は既存車種の買い控えを招いて
しまい、財政が悪化、1984年にはイタリア政府の管理下に置かれる事になってしまいました。

しかし、1985年、やっとエンジン単体の供給がドゥカッティ社から行われる事になり、DB-1を発表、
コストパフォーマンスの高さから高い評価を受け、経営危機を脱する事が出来ました。

 DB-1 (1985年)
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そして、1986年にはヤマハとのエンジン供給契約を結ぶ事に成功しました。

それまで日本車のエンジンはバイク事、購入してエンジンのみを使用すると言う非効率な事をしなければ
ならなかったのですが、それもヤマハ車に限ってはエンジン単体での購入が出来る様になったのです。

 YB系バイク一覧

 YB-1 (1974~1975年 水冷2st TZ250,350用のフレーム)
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 YB-2 (1974~1975年?水冷2st TZ250,350用のフレーム)
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 YB-3 (1980年、ヤマハ市販レーサーTZ350のエンジンを積み、WGP350ccクラスで優勝)
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 YB-4R (1987年、エンジンFZ750 TTF-1世界選手権に初参戦、3勝してタイトル獲得)
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 YB-4E.1. (1988年、エンジンFZ750 、YB-4Rの公道走行版 )
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 YB5 ファルゴーレ (1987~1988年、HB2のフレームにFJ1200のエンジンを搭載)
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 YB6 (1988~1990年、YB4のフレームにFZR1200のエンジンを搭載)
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 YB7 (1988~1989年、YB4のフレームにFZR400のエンジンを搭載)
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 YB8 (1990~1993年、YB4のフレームにFZR1000のエンジンを搭載)
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 YB9、YB9SR (1990~1998年、YB7のフレームにFZR600Rのエンジンを搭載)
  YB9 ベラーリア(ベラーリアはタンデム走行を前提に作られていました。)
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 YB9SR
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 YB10 (1991~1993年、FZR1000のエンジンをYB8のフレームに搭載)
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 YB11 (1996~1998年、YZF1000Rサンダーエースのエンジンを搭載)
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YB系の製品はほぼ同じフレームを使い続けました。
(YB7とYB9はエンジンが小ぶりなので別設計です。)  この項続く。

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by SS992 | 2010-10-28 21:00 | 憧れだった美女達

625. バイクの宝石 ビモータ (1) 創業

 ブラフ・シュペーリアがバイク界のロールス・ロイスなら、フェラーリに相当するのがビモータです。

ビモータ社は1966年イタリアはリミニ市の空調設備の会社として誕生しました。

創設者はヴァレリオ・ビアンキ、ジュゼッペ・モーリ、マッシモ・タンブリーニ の3人でした。

ビモータの社名はこの3人の名前の頭文字を組み合わせて付けられたものです。

しかし、バイクとは何の関係も無い空調設備会社が何故、バイクのコンストラクターに成ったのでしょう?

それには面白い訳が有ります。

タンブリーニOFFの時間をバイクレースに継ぎ込むバイクマニアでした。

彼のマシンはHONDA750K0でしたが、ある時、大クラシュしてしまい、マシンが大破してしまったのです。
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大抵の人はそこで諦めて次のバイクを買うものですが、彼は違いました。

彼の会社は空調設備の会社でしたから、彼はパイプを加工する技術に長けていました。

1972年に大破したバイクのフレーム鋼管パイプで作ってしまったのです。
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このフレームは他のチームの興味を引き、彼はHONDA750K0をベースとするレーシング・マシンのキット

発売しました。
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手仕事で作るバイクは量産出来ませんでしたが、高品質で評判と成り、バイク部門、ビモータ・メカニカ社
設立、フレーム・ビルダーとしての営業を1973年に開始しました。

 HB-1( HはHONDAのH、BはビモータのBです。 1は1番目の設計を意味します。 )
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この後、日本車向けのスペシャル・パーツの製造販売、レース用のフレーム供給に力を注ぎました。

この時期にフレームを供給したのはパトン、モルビデリ、ハーレー・ダビットソン(アエロマッキ)等、
結構、名の通ったメーカーもありました。

1980年、ヤマハ市販レーサーTZ350のエンジンを装備したYB3でWGPで優勝したビモータの名は広まり、空調設備の取り扱いをやめ、本格的に市販車を開発販売するバイク製造会社へ転向しました。
                                                        (この項、続く。)
 HB系のバイク一覧

 HB-1 (1975~1976年、CB750K0のエンジン、鋼管ダブルオープンクレードルフレーム)
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 HB-2 (1982~1983年、CB900Fのエンジン、KB2のフレームを簡略化して装備。)
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 HB-3 (1983~1985年、HB2のフレームにCB1100Fのエンジンを搭載。)
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 HB-4 (2010~ 、Moto2クラスレーサー、エンジンはCBR600RRベース)
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 KB系のバイク一覧 カワサキのエンジン、ビモータのフレーム 使用

 KB-1 (1978~1982年、 Z900、Z1000のエンジンを搭載)
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 KB-2 (1981~1984年 Z500GP、Z400GPのエンジン供給を受け、搭載)
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 KB-3 (1983~1984年、KZ1000のエンジン搭載、HB-3のフレーム使用)
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by SS992 | 2010-10-24 21:00 | 憧れだった美女達

624. DUCATI GPレーサー 新 旧

 2stで戦われていた世界GPレース5004stだけで戦うモトGP1レースに変ったのを受けて
今まで出場していなかったDUCATIも出場する様になりました。 

 DUCATI デスモセディッチ (2010年)
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しかし、世界GPでも2stと4stが混走していた時代にはDUCATIも出場していました。

しかもデスモドローミックのパラレル・ツイン125cc(?)でした。

 DUCATI 125ccGPマシン (1960年) デスモドローミック パラレル・ツイン
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残念ながら結果は残せませんでしたが、後に続く次世代マシンに有益なデータを残した物と思われます。

 DUCATI SS750 イモラ・レーサー (1972年)
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このマシンについては今更語る事はないでしょう。

このマシンの成功が今までのDUCATIの栄光を支えて来たのです。

しかし、ほぼ同時期にほとんど類似した設計でWGPマシンが製作され、WGPに出場していた事は、
あまり知られていません。

 DUCATI 500cc WGPレーサー (1971年)
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フレームは操縦安定性を改良する為にコーリー・シーリー社の物を採用すると
共に徹底した軽量化が行われていました。
(シーリー・フレーム、現在のツイン・スパーフレームの原型と言われるフレームです。)
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このマシンの特徴はLツインを搭載しているにも係わらず、デスモドローミックは装備していない事です。

デスモドローミックの有効性は市販車にも採用され、すでに証明されていたのですが、
何故か、このGPマシンには装備されなかったのです。
通常のバルブ・スプリングを採用していました。)

結局、残念ながら、このマシンも結果は残せませんでした。

後期型はデスモドローミックを装備し、4バルブに進化しましたが、やはり、成績は芳しいものでは
ありませんでした。

時代は2st全盛期へと移っていったのです。

もし、このマシンが最初から4バルブでデスモドローミックを採用していたなら結果は少し変ったかもしれません。

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by SS992 | 2010-10-20 21:00 | レース

623. スーパースポーツ ビモータ DB5CR

 前回はグラフィックのみでビモータDB5を紹介しましたが今回はスーパースポーツとして、
DB5を取り上げてみたいと思います。

DB5は一度、倒産したビモータの再建後の第1作として発表されました。

当然、失敗は許されません。

かといって、無難に纏めていてはビモータの名に傷が付きます。

そこでまず、進められたのが徹底した軽量化でした。

 フレーム重量を10kg以下に抑え、エンジンも大出力の水冷エンジンでは無く、出力では劣っていても
軽量な空冷エンジンを装備しました。

 軽々と持てるDB5のフレーム
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そして斬新だったのがスイング・アームもトリレス化した事でした。
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これは当時、古巣のビモータを訪れた名デザイナー、タンブリーニ氏も絶賛したと伝えられます。

通常、スイング・アームのトリレス化はパイプ同士の接合が難しく、また、繋がっても強度上の心配が
付きまとっていたのです。

それをDB5ではアルミ・ブロックとパイプを組み合わせる事で見事にクリアしました。

このアイディアはMVアグスタF3計画でも検討された様です。

 MVアグスタ F3 スケッチ (675cc)
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これだけ本気で作られたDB5ですから日本国内のコンスト・ラクターも黙って見逃すはずはありません。

 DB5C (モト・コルセ製) 1096cc
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 DB5A/C (モト・コルセ製 1096cc)
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そして今、新たなコンセプトで新たな空冷ツインの魅力を提案するプロジェクトが動き出しています。
 ビモータDB5CR (モト・コルセ製 1080cc) 110hp overの出力を誇ります。
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外装はドライ・カーボンで軽くし、エア・マネージ・メントも見直しています。
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今はレーサーしかありませんが、モト・コルセでは公道バージョンも計画しているとの事。
楽しみな事です。

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by SS992 | 2010-10-16 21:00 | 憧れだった美女達

622.シルク・ドゥ・ソレユルか! ビモータDB5 トリコローレ

 Lツイン本家のDUCATIからはカウル付きの空冷スーパースポーツは消えてしまいましたが、
DUCATIの空冷エンジンを使うビモータにはまだDB5が残っています。

 ビモータ DB5 1000(ミッレ)
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しかもLツインDSエンジンは1000ccから1100ccに排気量を増やしたものも後から出ました。

 ビモータ DB5C (1080cc モト・コルセ製?)
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でも白い車体とんがりバックミラー白兎みたいに成りました。
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そして、次に発表されたトリコローレ版はシルク・ドゥ・ソレユルか!と言わんばかりの派手々しさ。
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ウ~ム、いくら、イタリアがデザインの国とはいえ、ここまでフツーやるか!と言う感じです。

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by SS992 | 2010-10-12 21:00 | 憧れだった美女達

621.侠角Vツイン・?パラレル・ツイン?異端の技術 HONDA 位相クランク

 HONDA車でも侠角Vツインを採用していたバイクもありました。(バンク角52°)

それはアメリカンのスティードです。

 スティード(400cc、600cc)
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このバイクのエンジンは元々違うバイクの物で、特殊な構成のエンジンでした。

それはブロスシリーズの52°侠角Vツインです。

 ブロス・プロダクト1 (650cc)
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 ブロス・プロダクト2 (400cc)
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これらのエンジンには位相クランクと言って52°侠角Vツインであるにも係わらず、
1次振動を消去出来る構造が用いられていました。

 位相クランク
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ただし、上図を見れば解る通り、Vツインエンジンの一番の特徴、1つのクランク・ピンに2つのコンロッド
接合される構造では無く、2つのコンロッドそれぞれにクランク・ピンがある、パラレル・ツインの様な構造
取られていました。

当然、エンジン幅も増え、パラレル・ツイン並みの幅になっていたはずです。

従って、これはVツインの形態をしていますが、パラレル・ツインの一種と言えるでしょう。

しかし、エンジンをコンパクトに纏めると言う意味では成功し、HONDAの他のバイクにも応用されました。

 トランザルプ400V (400cc)
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アフリカ・ツイン (初期型は650cc、後期型は750cc)
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 アメリカンのスティードは初期は位相クランクのままでしたが、アメリカンは鼓動を求めるので、
クランク・ピンの位置を敢えて揃えて普通のVツインと同じ効果を生む様にしていました。

これは位相クランクがその構造上、クランクークランク・ピン一体型の削り出しクランクでは無く、
クランクとクランクウエブ、クランクピンを組み合わせる組み立て型クランクを採用していたので
位相クランクの部品をそのまま流用出来、コストダウンを図る事が出来たと為と考えられます。

逆にスティードの鼓動に満ちたエンジンはティスティー・ネイキッド・バイク、VRXロードスターにも
採用されましたが今一つ、インパクトに欠け、短命に終わりました。

 VRXロードスター (400cc)
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この様にVツインの将来性は決して失われようとしている訳ではありませんが、

今、世界中で地球温暖化の影響が叫ばれ、内燃機関はロータリー、レシプロを問わず、批判の矢面に
立たされています。

Vツインもパラレルツインも消滅の危機に立たされているのです。

しかし、化石燃料を使う限り、この問題から逃げる事は出来ないでしょう。

敢えて回転モーターでは無く、リニア・モーターの技術を用いるのなら、今までのノウハウは生かせますが、
何が悲しくて、レシプロ・モーターを使う必要があるのでしょうか?

トラクションの問題等、電動バイクにはない特性も工夫次第でどうにでもなると思えます。

今は電動バイクの最大の難関、エネルギー密度の高い電池の開発を急ぐべきでしょう。

それが我々の大好きなバイクを後世に残す最良の道だと私は考えます。

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by SS992 | 2010-10-08 21:00 | メカ談義

620.Vツイン発展の2つの方向性

 排気量の拡大と共に増えてきた振動の問題は単気筒エンジンを使用する以上、避けられない問題でした。

そこで排気量を拡大しつつ、振動を増やさない為の工夫としてVツインが生まれた事は以前、書きました。

しかし、Vツインエンジンといえども更なる排気量の拡大や回転数の増加には対処しきれませんでした。

しかし、米国の様な直線を飛ばす使い方をする場合、45°侠角Vツインの発する不等間隔爆発による
まるで馬に乗るかの様な鼓動はライダー達を魅了して止まない存在となりました。

「イージー・ライダー」
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 42WA Bobber
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 しかし、日本やイタリアのバイク・メーカーは1次振動を0に出来る90°V(L)ツインを研究、
実用化しました。

日本やイタリアではバイクに求めるものがスポーツ性であり、1次振動を消す事は絶対必要な事でした。

しかし、侠角Vツインに比べ、どうしてもエンジン長が長くなる90°V(L)ツイン
その装備方法を工夫する必要があったと考えられます。

 DUCATI 750GT
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 HONDA VT 250 F
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 HONDA VT 1000 F
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DUCATIもHONDAも1次振動を消す事を目標に研究を重ねていました。

それはあくまでスポーツ走行を前提としたバイクの使用方法がありました。

対して米国ではハーレーに代表される様に侠角Vツインの振動を鼓動として取り、乗り味を重視しました。

そこにはバイクが米国では旅の道具(ツアラー)であり、直線を飛ばさなくても楽しい乗物である必要が
あったのです。

そして、スーパーバイク選手権ではDUCATIがそのLツイン・エンジンの無敵ぶりで一時代を築きました。

 DUCATI 1098 レーサー
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バイクのエンジンは単気筒に始まり、Vツイン、パラレル・ツインの2気筒エンジンとなり、
パラレル・ツインは4気筒マルチへ進化しました。

しかし、V4エンジンV2エンジンから直に進化したものではありません。

どちらかと言うと4気筒マルチ・エンジンを極力コンパクトに纏める為にVツインの技術を応用した物と言えます。

 バイクの歴史に大きな足跡を残したVツインですが、Vツインのパフォーマンスを追及してきた
DUCATIは2011年にはスーパー・バイク選手権から撤退してしまいます。

私はVツインエンジンの発展がこれで止まってしまわないか、危惧します。

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by SS992 | 2010-10-04 21:00 | メカ談義