「峰風」とともに

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634.ドウカッティに見るカウル付きモデルの興亡(2) パンタ系レーサー・レプリカ

 1978年、ドゥカッティはエンジンのバルブ駆動方式をベベル・ギアからコグド・ベルトに変えました。 

 500SLパンタ (1978年)
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当時、この500SLに対応するレーサーはありませんでしたが、このモデルはハーフ・カウルを纏っていました。

ドゥカッティと言えばレーシーなモデルを販売する会社とのイメージを大切にしたかったのでしょう。

ほどなくパンタ系のレーサーが活躍し始めます。

 パンタ・レーシング (1973年までにTT-F2クラスで4年連続優勝を飾りました。)
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そして、そのレプリカとして登場したのがパンタF1でした。
 
 パンタF1 (1978年)
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750スポルトはパンタF1の発展型として登場しました。
 750スポルト (1988年)
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つまり最初、750スポルトは最上位モデルだったのです。

しかし、ドゥカッティが世界スーパー・バイク選手権に出場する為に新機種、(851に始まる
一連の水冷Lツイン4バルブ・デスモ装備モデル)を上市すると750スポルトは普及モデルになりました。

 851 (1988年)
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ここに、ドゥカッティの本来のレーサー・レプリカたる水冷4バルブ・モデル
スポーツ走行を楽しむための空冷2バルブ・モデルの2路線が出来上がりました。

そしてカウルの装備は、ドゥカッティのバイクである事のアイデンティティになりました。
                                                    (この項続く
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by SS992 | 2010-11-29 21:00 | 憧れだった美女達

633.ドウカッティに見るカウル付きモデルの興亡(1) ベベル系レーサー・レプリカ

 1969年に発表されたHONDA750FourK0に対抗する為、ドウカッティ
それまでの少排気量車重視から大排気量車重視販売モデルの方向性を変えました。

 750GT (1970年)
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そして、1974年には750GTデスモドローミック機構を搭載し、シングル・シートを装備し、
ロケット・カウルを纏った750SS(初代)が発売になりました。

これは今まで何度も取り上げて来た1972年のイモラ・サーキットでの1-2フィニッシュを記念しての
発売でした。

 750SS (初代1974年)
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このモデルは人気でしたが高価でもあったので下位モデルの750スポルトにロケット・カウルを
つけたものも発売されました。

 750スポルト (ノン・カウル、ノン・デスモ)
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 750スポルト (ロケット・カウル、ノン・デスモ)
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この時代ではまだフル・カウルは登場せず、ロケット・カウルが限度でした。

1979年、、ドウカッティは再びレーサー・レプリカを発売しました。
 MHR (1979年)
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これは前年のマイク・ヘイルウッドのマン島TTでの圧勝を記念しての物でした。
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今度はロケット・カウルでもハーフ・カウルでもない完全なフル・カウルを装備していました。

今の目で見ると大げさで野暮ったさが目立つフル・カウルでしたが、それまでに無い大胆な装備で
ライダー達に畏敬の目をもって迎えられました。
                                                    (この項続く
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by SS992 | 2010-11-25 21:00 | 憧れだった美女達

632.空飛ぶサスペンション ヤマハ・モノクロス

 「クラシックで行こう!」5.アリエルに見る後部サスペンションの発達でバイクのリア・サスペンション
1944年にはスイング・アームとツインショックを組み合わせたコンベショナル・タイプにまで発達した事を
述べました。

ただ、オン・ロードバイクの場合はコンベショナル・タイプでもあまり不都合は生じ無かったのですが、
オフ・ロードバイクの場合は道無き道を走るため、スイング・アームのトラベル量作動時の安定性
プログレッシブ特性に問題を生じました。


スイング・アームのトラベル量とはスイング・アームがどれだけ動けるか、その動きしろの事です。

コンベショナル・タイプではショック・ユニットの動きしろ=スイングアームのトラベル量です。

作動時の安定性はサスペンションが作動した時、その反力で車体が振られるのを
いかに押さえられるか、です。
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 ヤマハDT-1 (1968年)
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初期のオフ・ロードバイクはオン・ロードと同じコンベショナル・タイプのサスペンション
装備していました。

ヤマハDT-1はアメリカ市場で爆発的成功を収め、ヒットモデルとなりました。

そして、それはそれまでそこそこの量しか無かったオフ・ロードの市場の扉が開かれた事を意味しました。

また、オフ・ロード車による競技も盛んに行われ、各社それぞれがそのバイクの性能にしのぎを削る場面が
見られました。

1974年、ヤマハは再び、オフ・ロード界に革命を起こす新型車、YZ250を送りみました。

YZ250 (1974年)
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 YZ250サスペンション装備状態
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それはスイング・アームを三角形にし、1本のサスペンション・ユニットをほぼ地面と平行に置く、
カンチ・レバー式モノクロス・サスペンションを搭載しており、スイング・アームのトラベル量は増え、
サスペンションの反力が抜ける方向も前進方向になって車体の振られが少なくなりました。
 
また、車体の中央に重量物を集中させ、安定性を増す効果もありました。

ただ、弱点もありました。

サスペンションからの反力がステアリング系を直撃するので場合によっては不安定になる場面
あったのです。

また、プログレッシブ特性は施されておらず、その点では後発の各社に遅れを取りました。
プログレッシブ特性とは、サスペンションの作動時、最初はソフトに地面からの反力を受け止め、
サスペンションが縮み切る直前で踏ん張って底突きさせない特性の事です。)

とは言え、ヤマハ技術陣に改良する判断を遅らせる程にモノクロス・サスペンションは勝れていたのです。

今ではモノ・ショックと呼ばれ、各社のオン・ロードバイクにも当たり前の様に装備されています。
 HONDA VFR750R (RC30) (1987年)
 
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プログレッシブ特性を与えられたものはリンク式モノ・ショックと呼ばれ、
今はこちらが主流ですがコストの問題や味付けの目的であえてカンチ・レバー式を
採用する場合もあります。

 DUCATI SS900  (1998年)
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by SS992 | 2010-11-21 21:00 | メカ談義

631.ロケット・カウル?いやドラゴン・カウル!

 前回取り上げましたチャボ・エンジニアリングがまた素晴らしい作品「エッジ」を発表しました。

 ベースになったマシンはなんと!スーパー・バイク 999です。
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これに「フラッシュ」の時と同様、アルミ・パーツをふんだんに使い、空気を切り裂く「エッジ」
表現しました。
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特に正面のカウルはもはやロケット・カウルではなく、ミサイル・カウルと呼びたくなる程、鋭い造形
なされています。
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その他の部分も細部に渡る造り込みがなされています。
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そして、「フラッシュ」の時とは異なり、アルミの地肌は眩いばかりに磨きあげられています。
そして、内臓が剥き出しになったエンジン部はコグ・ベルト・カバーさえ外され、複雑な造形美を
醸し出しています。
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これは「フラッシュ」騎士だとすれば「エッジ」だと言えるかもしれません。

ロケット・カウルではなく、ドラゴン・カウルをまとっているのです。

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by SS992 | 2010-11-17 21:00 | カスタム

630. 中世騎士御用達のベベル750GT?

 1974年式ラウンド・ケースタイプのベベル・750GTをアメリカのチャボ・エンジニアリングが徹底的に
カスタムしたのが750GT”フラシュ”です。

 750GT (1974年式? ラウンド・ケース)
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 750GT”フラシュ
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プラスチックは一切使わず、アルミ板の叩き出しで作られた外装はメカニカルと言うより、
中世の騎士の鎧を思わせます。

フレームにも手が入っており、オリジナルより幅が絞られています
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コーション・プレートも金属性です。
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アルミ表面はあえて鏡の様に磨くのではなく、少し曇りを残しているのも質感を増しています。

普通、DUCATIのベベルが手に入ったら、レーサー・ライクなカスタムを施すのが普通ですが、
チャボ・エンジニアリングはそんな既製の枠には拘らず、思い切ったカスタムを行いました。

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by SS992 | 2010-11-13 21:00 | カスタム

629. バイクの宝石 ビモータ (5) 挑戦

 ビモータは技術を売る会社です。

当然、新しい試みを続ける宿命にあります。

前記した テージ1D なども最先端技術への挑戦でした。

そして、この技術はビモータの技術的財産として今も磨きが掛けられているはずです。

 テージ 1D (1990~1994年、初期型は水冷4バルブL型2気筒851ccエンジン搭載)
                (後期型は排気量を904ccに拡大しました。)
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 テージ 2D (2005年~、ヴァィルス社製 984C3 2VのOEM生産品)
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 ヴァィルス 984C3 2V ( DUCATI の 1000DS エンジン搭載 )
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再生したビモータでも1100DSエンジンを使った テージ3D がラインナップされていました。
 テージ 3D (2006~2008年で販売は終了しました。)
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売れ行きの芳しくないテージ3Dでしたが、ビモータの技術の看板としての役割は充分果たしました。

テージ2Dの販売が継続されているのでビモータの経営陣はテージ3Dの販売に拘るのは得策では無いと
判断したのでしょう、これは賢明な判断だったと私は思います。

 また、別のジャンルの開拓も始めました。

それはモタードの開発です。

ビモータはdb3 マントラを除くとスーパースポーツ以外、作って来ませんでした。

しかし、最近はモタードに注目が集まっています。

 DUCATI ハイパーモタード 1100
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 MMB1のスケッチ (モト・モリーニのモタード用エンジンを搭載)
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 MMB2のスケッチ (モト・モリーニのモタード用エンジンを搭載)
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その内、ビモータ製のオフ車等も現れるかもしれません。 (笑)

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by SS992 | 2010-11-09 21:00 | 憧れだった美女達

628. バイクの宝石 ビモータ (4) 再生と展望

 2003年、ロベルト・コミーニがビモータの復活を目指して動き始めました。

チーフデザイナーはセルジオ・ロビーニが任命され、彼はビモータと最も相性が良いドゥカティのエンジンを
元に新型車を設計しました。

 不思議とドゥカティのエンジンを採用したDB1に始まるDB系はビモータが不調の時に
そこそこの販売量を記録し、会社を活性化する役割を果たしてきました。

 DB系のバイク一覧

 db1 (1985~1989年、初のエンジン単体での供給で作られたバイク、その分、価格も押さえられました。)
 db1SR (パンタ750F1のエンジンを搭載)
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 db2 (1993~1998年、900SSエンジン、キャブレター版を搭載)
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 db3 マントラ (1995~1998年、900SSのエンジン、キャブレター版を搭載)
           (アルミ合金楕円断面パイプフレームトラス構造のフレームを持っていました。)
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 db4 (1999~2000年、db3と同じエンジンとフレームを使用していました。)
           (これはキャブレター版ですがインジェクション版もあります。)
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 db4R2 (2000年、インジェクション搭載型に進化しました。)
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 db5 ミッレ (2005年~、1000DSエンジンを搭載、ビモータ再生第1弾です。)
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 db6 デリリオ (2006年~、db5のネイキッド版)
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 db7 (2008年~、DUCATI 1098の水冷 DOHC L型2気筒エンジン を搭載)
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 db8 (2009年~、DUCATI 1198 の水冷 DOHC L型2気筒エンジン を搭載)
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ビモータは初心に戻り、高品質少量生産に戻りました。(?)

しかし、それでもそれ程、高価な値段では無い?のはエンジンがドゥカティだからです。

DB系こそ同じ国のメーカー同士、最良の組み合わせなのかもしれません。

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by SS992 | 2010-11-05 21:00 | 憧れだった美女達

627. バイクの宝石 ビモータ (3) 経営方針の転換と倒産

 1989年、マルティーニはジレラへ去り、新しいチーフ・エンジニアとしてピエル・ルイジ・マルコーニ
起用されました。
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彼はDB系やYB系を着実に育て上げていきました。

そして、1990年、彼は満を時して新技術の塊、テージ1Dを世に問いました。
(「卒論」=テージはマルコーニの「卒論」だった様です。 
マルティーニ時代に試作車を発表していますが、それもマルコーニの研究に従った物でした。)

 テージ1D (1990~1994年)
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前方スイング・アームとセンター・ハブステアリング・システム、ドゥカティ・エンジンとしては
初めての水冷エンジン(スーパー・バイク・レプリカ、851ストラーダのエンジン)と盛り沢山でした。

しかし、テージ1Dは技術的には注目されましたが商業的には失敗でした。

1993年には最後の一人、モーリが会社を去り、創業者は一人も居なく成りました。

同時に、経営方針も変り、高品質少量生産から生産数の増加を図りました。

エンジンの供給先はヤマハからスズキに換わりました。

 SB系のバイク一覧

 SB1 (1977年、GP500用レーサー、スズキ市販レーサーTR500マークⅡのエンジンを搭載)
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 SB2 (1977~1980年、GS750のエンジンを搭載)
            (同軸ピポット・スイング・アーム使用)
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 SB2/80 (1997~1980年、SB2のフレームにSB3のカウルを被せたもの)
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 SB3 (1980~1983年、SB2のフレーム改良型、GS1000のエンジンを搭載)
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 SB4 (1983~1984年、GSX1000のエンジンを搭載、SB4はハーフ・カウル、SB4sはフル・カウル)
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 SB5 (1985~1986年、HB2系のフレームにGS1100EFのエンジンを搭載)
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 SB6 (1994~1996年、水冷GSX1100エンジンを搭載。
      特徴的なのはヘッドパイプからスイング・アームを完全に一直線に結んでいた事でした。)
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 SB6R (1997~1998年、ラムエア過給を採用しました。)
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 SB7 (1994~1995年、SB6のフレームにGSX-R750のエンジンを搭載)
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 SB8 (1998~2000年、アルミ合金製ツインスパーフレームにTL1000のエンジンを搭載)
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 特徴はフレーム本体はアルミ合金ですがスイングアームピポット部はカーボン繊維樹脂を使っていました。)
 SB8のスイングアームピポット部
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 SB8K ゴバート (2004年~)
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社運を掛けたテージ1Dは販売的に、失敗、YBシリーズSBシリーズも思った程売れず、
低価格帯を狙ったシングル・スポーツBB1も当たりませんでした。

BB1 (1996~1997年、BMWのロータックス製シングルエンジンを搭載)
            (ガソリンタンクがエンジン下にあるのも特徴でした。)
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大型ネイキッドとしてのDB3 マントラも営業的には失敗しました。

 DB3 (1995~1998年、フランスのデザインは実に奇妙です。)
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辛うじて成功したのはSB6のみでした。

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高品質少量生産を生産数の増加に向けようとした大戦略は失敗したのです。

そして、傾き掛けた会社に止めを刺したのは2StV型2気筒のビモータ製エンジンを積む、
 500Vデュエ(1997~不明)でした。

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1996年に発表されると予約が殺到する前評判でしたが、販売されるとオイル漏れ等の技術的問題
露見し、ビモータは大きな負債を抱え1998年には工場が殆ど稼動しない状態になり、
マルコーニを含め多くのスタッフが会社を去りました。

1999年、ラベルダを復活させた実績を持つフランチェスコ・トニヨンの下で生産を再開、
SB8Rの販売で復活を目指しました。

2000年、リーバイスをスポンサーにSB8KでWSB選手権に参戦、2戦目で早くも
優勝しましたが、何故かリーバイスはSBレース・シーズン途中で撤退、
SB8も商業的成功は得られず会社はとうとう、倒産しました。 (この項続く)

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by SS992 | 2010-11-01 21:00 | 憧れだった美女達