「峰風」とともに

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663.孤高の挑戦者 (2) モンスターS4改での参戦

 2003年、ラ・ベレッツァ雑誌ライダーズクラブのプロデューサー根本 健 氏,編集長タケタズ 氏
仕掛けによって、全くレーサーにはほど遠いドカティ モンスターS4での出場を決めました。

水冷のS4はそこそこの馬力こそありましたが、とてもレーサーと言える代物では有りませんでした

 DUCATI モンスターS4 (2001年式 ST系フレーム S・B 916エンジン 916cc 101ps)
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 ラ・ベレッツァ モンスターS4改 (2003年~2005年)
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もちろん、見えない部分のチューン・アップも進んでいますが、ここまで外観が変る
もはやモンスターS4とは言えません。 
フレームにのみ、僅かにモンスターの面影が残っています。)

(そのフレームも多分、見えない所に補強が入っていると考えられます。)

前回、ラ・ベレッツァ鈴鹿八耐参加理由として走る実験室からのフィード・バックをあげましたが、
モンスターS4改での参加にはもう一つ大きな理由があったと考えられます。

それは走る広告塔です。

まるっきり勝機のない勝負に真っ向から挑んで行く・・・

日本人なら誰しもが血湧き肉踊るシュチエーションです。

それが雑誌と言うメディアで全国展開されるのですから、これほど、ラ・ベレッツァの名を広めるのに
有効な場面は無かったのです。

もちろん、そのためには有る程度の結果を残せる力量が無ければなりません。

2003年の初出場時には主催者推薦枠ではありますが決勝に進出し、43位完走と言う結果を残しました。

残念ながら2004年は予選が通過出来ず2005年は142ラップで未完走扱いになってしまいました。

やはり、純粋なロードバイクであるモンスターでは如何に馬力があってもレースを続けるのには無理が
あるとラ・ベレッツァは判断したのでしょう。

2006年からは、またドカティのトップ・エンドモデルモディファイに戻っていきました。

 DUCATI 999R 
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2006年、主催者推薦枠で決勝進出、決勝は136ラップで未完走扱い
2007年、自力で決勝進出173ラップ、57位
2008年、予選落ち 
2009年、決勝進出、転倒しながらも151ラップ、42位完走。

マシンをモンスターS4からスーパー・バイク999Rに変えても結果は大して変りませんでした。

そこで2010年にはマシンを最新型の1098Rに変更しました。

                                                                                                                      ( この項続く )

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by SS992 | 2011-03-29 21:00 | レース

662.孤高の挑戦者 (1) ラ・ベレッツァの鈴鹿八耐 参戦

 熊本のバイク・ショップラ・ベレッツァ は 鈴鹿八時間耐久レース
1997年から2000年を除く12年間、ほぼ、連続して出場しています。 

最初の参戦、1997年はYAMAHA FZ750での出場でした。

 YAMAHA FZ750 (ベース・モデル 出場車の画像なし。)
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しかし、その後は一貫してドカティのマシンチューン・アップして出場しています。

1997年ドカティのディーラーに成った事が大きな理由ですがそれだけでは12年間
八耐に挑戦する事は出来ません。

 DUCATI 996SPS (1999年~2002年)
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 ベース車両 DUCATI 996SPS
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 DUCATI モンスターS4改 (2003年~2005年)
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 ベース車両 モンスターS4
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 DUCATI 999 (2006年~2009年)
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 ベース車両 999R
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 DUCATI 1098R (2010年~ )
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 ベース車両 1098R
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特に2003年~2005年のモンスターS4による出場は優勝する可能性が殆ど無い参戦でした。

鈴鹿八耐レースですから勝利しなければ出場した意味がありません

しかし、ラ・ベレッツァレースは走る実験室と考え、出場して得た様々な成果を
自社のバイクパーツ ブランド、スピードにフィード・バックして来ました。

ですが、それだけで12年間も連続出場出来るものでしょうか?

次回は2003年~2005年のモンスターS4による出場に焦点を当てて分析したいと思います。

                                                    (この項続く

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by SS992 | 2011-03-25 21:00 | レース

661.帰って来たライム・グリ-ン (3) 800cc MotoGPマシン

 990ccでスタートしたモトGPですが、最高排気量の制限により、最大出力を抑え、レースの安全性
高める事に成りました。

これにより、最高排気量は800ccに、気筒数は無制限でしたが、気筒数が増えると最低車両重量が
増える
様に変りました。

990cc時代には4気筒と5気筒の最低車両重量は同じでしたが、800cc時代には4気筒148kg、5気筒155.5kgと4気筒が有利となり、唯一、5気筒マシンを走らせていたHONDAも4気筒に変更せざるを得なくなりました。

 HONDA RC212V (800cc 2007年度)
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2006年には他社との格差を殆ど感じさせないまでに開発が進んだカワサキのマシン、ZX-RRこのレギュレーション変更により、他社との間で開いていた格差を一気に縮める機会を得たのです。

 KAWASAKI ZX-RR (990cc 2006年度)
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 KAWASAKI ZX-RR (800cc 2007年度)
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走行抵抗より空力や運動性の向上を徹底させたデザインとなりました。
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2007年式の800cc化されたマシンは他社に比べてコンパクトな印象すらある熟成された物でした。

しかし、2008年に起こったリーマン・ショック世界的な金融危機を招き、カワサキ社内でも
財務体質の引き締めが行われ、モトGP参戦を断念せざるを得なくなりました。

そして、2009年にはワークス活動を完全に休止してしまいました。

しかも、トラクション・コントロールニューマチック・バルブスプリング等に代表される最先端技術
数々も盛り込んでいたにも係わらず、です。
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他社のワークス・チームがレースを続けられるのにカワサキだけが何故?と言う疑問が湧いてきまが、
その理由はともかく、私達が望むのはカワサキのモトGPへの早期復帰です。

カワサキさん、またライム・グリーンのレーサーをモトGPで走らせて下さい!

私達、ライダーは例え、カワサキ党でなくてもサーキットを突っ走るライム・グリーンのレーサー
その輝きが再び帰って来る事を望んで止まないのです。


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by SS992 | 2011-03-09 21:00 | レース

660.帰って来たライム・グリ-ン (2) カワサキのMotoGPマシン

 2002年時に開発されたマシンは他社のマシンと比べていかにも完成度の低いものでした。

 ZX-RR (2002年度)
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 HONDA RC211V (2004年式)
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 YAMAHA YZR-M1 (2004年式)
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 SUZUKI GSV-R (2004年式)
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 DUCATI D16GP4 (2004年式)
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前方から見たZX-RR2002前面投影面積を小さくし、空気抵抗を少なくする事に成功していますが、

 ZX-RR前後画像 (2002年度)
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後方には巨大な?テール・カウルがあり、この部分の抵抗が前進する時の妨げになっているだけで無く、
運動性にも悪影響を与えていたと思われます。

 ZX-RR (2006年式)
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990cc時代の最後の年、2006年のマシンは基本的な構成は変らないものの、マシンの熟成が進み、
その完成度は他社に劣らないものになっています。

もちろん、テール・カウル小ぶりの物に変り、運動性の向上を窺わせます。

フロント・カウルの正面に開いたラム・エア・スクープ 口は少し大きく成りました。

これはエンジンに送り込む空気量を増大出来た事を示し、出力が増大出来た事を示します。

そして、2007年から排気量の制限が更に厳しくなり、990ccから800ccに下げられました。

そして、これは今まで後手に廻って来たカワサキイコール・コンディションを与える物でした。
                                                      (この項続く


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by SS992 | 2011-03-05 21:00 | レース

659.帰って来たライム・グリ-ン (1) カワサキのモトGP参戦

 2002年世界GPモトGPに変り、2stの500cクラスは4stの990ccクラスに変りました。

この大幅なレギュレーション変更ドカティカワサキなど世界GPに
出場していなかったメーカーの参加を促し、レース界は一時に活気を帯びました。

モトGPはスーパー・バイクや耐久レースと異なり、その出場車両は既存の販売車両のチューン・アップ版が
禁止
であり、専用車両の開発が不可欠でした。

HONDAYAMAHASUZUKI世界GPを戦ってきた膨大なノウハウがあり、ドカティ
スーパー・バイクの常勝メーカーとしてやはり膨大なノウハウを貯えていました

ひとりカワサキだけが世界GPでのノウハウが少なく、スーパー・バイクのノウハウも多くないと言う不利な
状況
を強いられました。

しかし、出場すると決めた以上、新しいマシンを開発せざるをえません。

そこで、カワサキは2000年のスーパー・バイクで好成績を残したZX-7RRをベースにモトGP用のマシンを
開発する事にしました。

 ZX-77RR (2000年式)
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モトGPは2002年からの開始でしたが、約20年ぶりとなる世界最高峰クラスへのフル参戦にカワサキは
2002年開発に専念する事とし、本格的参戦は2003年からになりました。

 ZX-RR (2002年式)
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カワサキは量産車やスーパー・バイクでの経験を活かせる直4エンジンとアルミ・ツイン・スパーフレームと言う組み合わせを選びました。                                     (この項続く
                                                                  (クラシック・バイク・ブログ 「クラシックで行こう!」 はこちらから )
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by SS992 | 2011-03-01 21:00 | レース