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671.アンチ・スワット特性とスイング・アーム長

 日本のGPレーサーアンチ・スクワット特性が考慮される様になったのは1980年代中盤からでした。

マシンのパワーピークだけでなくワイドに使用される様になったからです。

また、直線を出来るだけ高速で走って来たマシンはコーナー前ギリギリで減速に入ります。

当然、車体の重量配分前輪に移り、後輪は浮き上がり易くなります

 HONDA NSR500 (1984年式)
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当然、アンチ・スクワット特性を考慮しなければ後輪のグリップは得られなくなってしまいます。

また、低速コーナーでアンチ・スクワット特性が有効な設定だとしても高速コーナーでは遠心力で
後輪は路面に押し付けられると同時にドライブ・ギアとスイング・アーム・ピボットの位置関係は
スクワットし易い方向
に持って行かれます。

これを防ぐにはスイング・アームを出来るだけ長く伸ばすのが有効ですがレーサーのホイール・ベース
あまり長く伸ばすと運動性が悪くなってしまいます。

すなわちホイール・ベースを伸ばす事無く、スイング・アームの長さだけを伸ばす必要があったのです。

667.V4と直4で述べた様に直4よりV4は幅を狭く出来ますが、前後長は直4より長くなってしまうのです。
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まして90°V4やLツイン直4より前後長はどうしても長くなります。

 DUCATI 1000DSエンジン
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特にDUCATIのLツインクランク・ケースの後部にスイング・アーム・ピボットを設定し、
ホイール・ベースを短く設定しつつ、少しでもスイング・アーム長を少しでも長く伸ばそうとしました。

                                                 ( この項続く

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by SS992 | 2011-04-30 21:00 | メカ談義

670. アンチ・スクワット特性とは?

 前回までに鈴鹿八耐に優勝したレーサーを分析してスポーツ・バイクに求められた特性を
検証して来ましたが、その中でアンチ・スクワット特性と言う聞きなれない言葉が出てきました。

スクワットヒンズー・スクワットのスクワットと同じでしゃがみ込むと言う意味です。

すなわち、アンチ・スクワット特性とはしゃがみ込まない特性と言う事です。

バイクがしゃがみ込まない特性とはスイング・アームがリフトする事を意味します。

 Fig 1
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何故、スクワットするとバイクにとって都合が悪いのでしょうか?

それはコーナリング時にタイヤが路面をグリップしなくなってしまうからです。

 YZFーR1 (2008年)
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 DUCATI 1198 (2009年) 鈴鹿八耐
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これだけバンクしている状態でリア・タイヤのグリップが失われたら・・・。

たちまち後輪からスリップして転倒してしまいます。

ではバイクがどう言う状態の時スイング・アームはスクワットしたり、リフトしたりするのでしょうか。

一般的にスイング・アーム・ピボットドライブ・ギア同一直線上にあった場合、
アクセルを開けるとスイング・アームはスクワットし、リア・タイヤは車体側に引き込まれます

 ビモータ SB2 (1977年式)
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(このバイクはコアキシャル・スイングアームと言ってスイング・アーム・ピボットとドライブ・ギアの軸が同軸でした。

この方式は単にドライブ・ギアを交換するだけでもスイング・アームを外さなければならず失敗でしたが、
アンチ・スクワット特性の発揮と言う面から見ても失敗でした。)

再度 Fig1を見て頂きたいのですが、この図だとドライブ・ギアよりスイング・アーム・ピボットがかなり上にあります。

この状態でアクセルを開けるとチェーンが引っ張られ、スイング・アームは下に下がり、タイヤ路面に
押し付けられます


昔のGPレーサーはコーナーにスロットル全閉で進入し、タイヤグリップを失わない様に徐々にアクセルを開けて行き、出口近くでようやく全開と言う状態でした。

また車体の重量配分後輪重視後輪のグリップが抜けにくい設定だったのです。

 HONDA RC166 (1966年式)
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しかし、当時の日本製GPレーサー直線での速度を求め、コーナーはやり過ごす設定でした。

馬力を求める事が至上の命題でコーナリング時のハンドリングは2の次だったのです。
                                                      ( この項続く

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by SS992 | 2011-04-26 21:00 | メカ談義

669.鈴鹿八耐の伝説 (9) ーV4を超えるもの-

HONDAの八耐におけるV4レーサー、RC45の投入は1999年で終わりを告げました。
 
 HONDA RVF (RC45) (1999年式) V4
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HONDA2000~2003年はスーパー・バイク・レースでのDUCATI、Lツインの活躍に刺激されたのか、
VツインのVTR1000SPWを投入しましたが

 HONDA VTR1000SPW (2000年式) V2
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2004年からは直4のCBR1000RRWに変りました。

 HONDA CBR1000RRW (2004年式) 直4
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何故、HONDAはV4のRVFの投入を止め、直4のCBR1000RRWに変えたのでしょうか?

RVFの力が通じなくなったのなら判りますが、1999年にも優勝していたのです。

2000年~2003年にVツインのVTR1000SPWを投入したのは気筒数制限の問題もありましたが、
(四気筒は750cc未満2気筒は1000cc未満と言うレギュレーションだったと記憶します。)
当時、スーパー・バイクで無敵を誇ったDUCATIの水冷Lツインに習い、トラクションの向上
目指したためと考えられます。

しかし、さらにそのVツインも捨て、2004年から直4に切り替えたのは何故でしょうか?

 HONDA CBR1000RRK (2010年式) 直4
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SUZUKIヨシムラGSX-R1000 (2009年式) 直4
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これはレーサー同士の出力に大差が無くなって来たため、勢い、コーナリングでの
ハンドリングの良し悪し
問題とされる様になったためと考えられます。

特に日本車の場合、馬力競争に明け暮れてハンドリングに大きな影響を与えるシャーシの開発
欧米に比べ、約三十年、遅れを取っていました

詳しくは次回以降に譲りますがV4の最大の利点、エンジン幅が少なく出来る事が問題となったのです。

いや幅は少ない方が良いに決まっていますが、代わりにエンジンの前後長が増えてしまい
ひいてはスイング・アーム長が短くなってしまう事によりアンチ・スクワット効果が減少してしまうため、
(ハンドリングの向上を目指すのなら、ホイール・ベースは長く出来ません。)
コーナリング時のハンドリングに悪影響を与える事が判って来たのです。

この点、直4は元々エンジンの前後長は短く、減速機のギアの配置などを工夫する事で更にエンジンの長さを
押さえる事が出来ました。

また、技術の進歩によりエンジン幅もV4と大差ない範囲に収める事が可能になりました。

こうして直4の優位が増え、今の直4マシン全盛の時代を向かえたのです。
                                                    (この項続く


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by SS992 | 2011-04-22 21:00 | メカ談義

668.鈴鹿八耐の伝説 (8) 1985年の死闘

 1985年ヤマハは初めてワークスチームを鈴鹿八耐に送りこみました。

ライダー
は世界GPのキング、ケニー・ロバーツと全日本ロードレース界の星、平忠彦のコンビ、マシンは
FZR750(直4)
スポンサーは資生堂の男性化粧品TECH21、と真にドリームチームでした。

 YAMAHA FZR750 (1985年)
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ヤマハは予選でポール・ポジションを獲得しながらエンジンがかからず、最後尾近くまで順位
落としてしまいました。

しかし、その後驚異的なペースで順位を上げ、38周目にはトップになりました。

6時間経過後には全車を周回遅れとしました。

しかし、2位を走るHONDAは諦めず、最後のピットインでライダー交代をせずにワイン・ガードナーが
2時間連続走行
しました。

すると、チェッカーまで残り30分を切った所でFZRはエンジン・ブローしてリタイヤして
しまいました。

結局、最後まで諦めなかったHONDA勢大逆転優勝となりました。

 HONDA RVF750 (1985年 ワイン・ガードナー/徳野政樹 組)
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 FZR750は勝れたマシンでしたがやはり無理が祟ってリタイヤしたのです。

RVF750FZR750ほど酷使はされなかったのですが、やはり耐久性と言う面では勝れていたと言えると
思います。

それはこの後に続くHONDA、V4の快進撃が物語っています。

                                              ( この項続く )


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by SS992 | 2011-04-18 21:00 | レース

667.鈴鹿八耐の伝説 (5) 直4とV4

 直4とV4一番の違いはその横幅の長さの違いです。
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V4の方が直4の方がエンジン幅が少ない分、マシンのバンク角も大きく取れます。

よりレーサー向きのエンジンと言えるでしょう。

しかし、V4の真価はその耐久性にあります。

エンジン幅が違うと言うことはクランク・シャフトの長さ直4は長くV4は短いと言う事になります。

一本の棒でも太さが同じだったら短い棒の方が長い棒よりも捩れ難いのです。

ましてクランクシャフトは単純な一本の棒ではなく、複雑な形をしています。

つまり、直4よりV4の方がクランクシャフトが捩れ難いのです。

そして上図を見て貰えば判る通り、クランクピンの数も直4は4本、V4は2本と少なくなっています

また、このクランクピンを支えるクランクケースの部分、ジャーナルと言いますが、これも直4は五つ、
V4は三つと少なくなっています
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つまり、摩擦抵抗が発生する部分が少ないのです。

 また、90°V型エンジンはピストンが上下動する時に発生する一次振動も零に出来ます。

フリクション・ロス振動も少なく出来る訳ですから直4よりV4の方が耐久性と言う面では勝れています。

しかし、いくら耐久性に勝れていても性能面で劣っていてはレーサー向きではありません。

666回で述べた様に、直4は等間隔爆発でレーサーの場合、狭いパワーバンドを持っています。

これに対し、V4は不等間隔爆発で排気管の圧力が低い所を使って別の排気を吸いだすと言う効果が
顕著に出る回転数が無く、どの回転数でもある程度の出力を得られます。

これは耐久レースの様な長丁場の場面では有効な特性です。

またエンジン自体の重量は直4とV4でもあまり変りませんは前記した様に大きく変ります

このため、有る程度大きな排気量のエンジンはその重量が重く、幅のある直4にするとマシンの
運動性が悪くなってしまうのです。

つまり、V4の方がエンジンをコンパクトに纏められ、耐久性も高く、運動性も良いのです。

HONDAが最初に手掛けたV4RVF1000と言う耐久レーサーでした。

 HONDA VF1000R  (RVF1000の公道走行型)
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最初は直4で開発していましたがハンドリングが悪く、エンジンをV4にして問題を解決しました。

V4は、より耐久レース向きのエンジンだと言えるでしょう。

 HONDA RVF750 (1990年 750cc)
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 HONDA RVF/RC45 (1998年 750cc)
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1984年のRS750Rでの優勝以来、1999年のRVF/RC45での勝利まで約6回も勝ち続けられたのは
やはり、V4エンジンの優位性であったと言えると思います。

                                                     (この項続く


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by SS992 | 2011-04-14 21:00 | レース

666.鈴鹿八耐の伝説 (2) 8時間続く短距離レース

 鈴鹿八耐はよく、8時間続く短距離レースだと言われます。

まして真夏に行われるのですから、ライダー、マシン共に過酷な環境に晒されます。

ライダーは人間ですからマシンの様に簡単には耐久力アップは出来ません

勢い、改良マシンの方に向かって行きます。

ヨシムラ GS1000 (1978年)
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1980年代当時、レースを制するのはその出力、すなわち馬力でした。

馬力トルクに回転数を掛けたものですから、トルクを上げるか、回転数を上げる必要があります。

しかし、トルク排気量が同じなら殆ど差の無い物なのです。

そのため、回転数を如何にして上げるかが、出力増大の鍵となります。

高回転、高出力のエンジンが耐久レースでも短距離レース並みのハイペースで進む鈴鹿八耐では
求められたのです。

また当時の直4は全て等間隔爆発でした。

これは各気筒の爆発時の排気ガス干渉させて他の気筒の爆発時の排気ガスを吸いだす効果を生み、
それを繰り返す事でパワーを上げて行きますが、等間隔爆発はその調整非常にやり易いのです。

しかし、反面、ある決まった回転数でしかその効果が上げられませんでした。

極言すればどんどんチューニングして行って限界まで行った時、直4は4ストロークであるにも係わらず、
2ストロークのエンジンの様な特性になります。  (狭いパワーバンドとその中での大馬力


HONDAを除く国内三社は皆、4ストより2ストを得意とするメーカーでした。

もちろん、社内では研究を重ねてはいたでしょうが、自信を持って表に出せる技術は2ストとその技術が
応用出来た直4だったのです。

八耐初期に直4を参戦させていたHONDAはそうした技術面よりも、欧州での販売戦略の一環として
1976年から耐久レースにワークス参戦を開始し、革命的名車CB750FOURをベースとして
DOHC化したRCB1000
を使っていた関係で直4からスタートしたものと考えられます。

 HONDA RCB1000 (1978年 鈴鹿八耐)
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 HONDA RCB1000 欧州耐久レース参加車両 (1976年)
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1978年が開催初年度ですが、この時、HONDAは欧州の耐久レースで活躍していたRCB1000を2台、
出場させましたが、1台は僅か1周で、もう1台も67周目転倒し、2台ともリタイヤしてしまいました。

その後1979年~1983年まで四社とも直4を採用していましたが、HONDA1984年、V4を採用しました。

1979年、1981年、1982年は直4で優勝出来ていたにも係わらず、参加マシンをV4にチェンジしたのです。
 
以後、1999年までHONDAはV4を使い続けます。

何故、HONDAのみがV4に拘ったのか? 次回は直4とV4の違いに焦点を当てて分析したいと思います。

                                                     (この項続く

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by SS992 | 2011-04-10 21:00 | レース

665.鈴鹿八耐の伝説 (1) 最強HONDAとその挑戦者

 前回は鈴鹿八耐に一人挑むバイク・ショップを取り上げましたが、33年の歴史を紐解くと色々と
面白い事実が浮かび上がって来ます。

33回レースでのメーカーの勝率は以下の通りです。

 メーカー 優勝回数  勝率

 HONDA  23回  69.50%

 YAMAHA  4回   12.12%

 SUZUKI   1回   3.03%

 ヨシムラ・スズキ 4回  12.12%

 カワサキ   1回   3.03%

圧倒的なHONDAの勝利です。

ここに帝王HONDAとその挑戦者と言う図式が出来上がり、鈴鹿八耐盛り上がる1要因と成りました。

特にヨシムラは弱小なパーツ・メーカーであるにも係わらず、果敢にHONDAに挑戦し、
私達を興奮させてくれました。

しかも、4回もHONDAを打ち負かし、勝利をもぎ取っています。

これは大メーカー、YAMAHA同列2位の勝率です。

 ヨシムラ GS1000 (1978年優勝 空冷直4)
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 ヨシムラ・スズキ GS1000R (1980年優勝 空冷直4)
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 ヨシムラ・スズキ GSX-R750 (1986年3位 油冷直4)
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 ヨシムラ・スズキ GSX-R750 (2007年優勝 水冷直4)
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 ヨシムラ・スズキ GSX-R1000 (2009年優勝 水冷直4)
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ヨシムラのマシンのエンジン空冷から油冷水冷と冷却方式は違いますが全て直4です。

YAMAHAも1987年の初勝利を含め、一貫して水冷の直4で参戦していました。

 YAMAHA YZF750 (1987年優勝 水冷直4)
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SUZUKI一勝しかしていませんが、その時のマシンも空冷の直4でした。

 SUZUKI GS1000R (1983年優勝 空冷直4)
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 カワサキも一勝ですが、水冷の直4です。

 KAWASAKI ZXR-7 (1993年優勝 水冷直4)
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HONDA初期は空冷直4で参戦していましたが、1984年から水冷V型エンジンで参戦する様に
なりました。 (これは2000年~2003年の水冷V2を挟んで20年間続きました。)

 HONDA CB900F改 (1979年優勝 空冷直4)
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 HONDA RS1000 (1981年 空冷直4)
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 HONDA RS750R (1984年優勝 水冷V4)
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では何故、HONDAだけが水冷V型エンジンで参戦する様になったのでしょうか?

そして、2004年以降、何故、直4に戻ったのでしょうか?

次回以降、その辺りを中心に考察してみたいと思います。                       (この項続く

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by SS992 | 2011-04-06 21:00 | レース

664.孤高の挑戦者 (3) 1098Rでの再挑戦

 2009年まではドカティ999Rで鈴鹿八耐に挑戦していたラ・ベッツリァでしたが、2010年になってからは
出場マシンをドカティ1098Rに変更しました。

 ラ・ベッツリァ 1098R (2010年)
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前後のサスペンションオーリンズ製です。
スイング・アームSBK用パフォーマンス製、リア・フェンダーとチェーンガードが一体となったものは
ラ・ベッツリァ自製のパーツです。
クラッチ・レリーズラ・ベッツリァ自製のパーツです。

細部拡大図
フェール・タンク周り
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エンジン周り
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排気系
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ここまで手を掛けた2010年のマシンですが、レース結果予選総合45位
決勝では転倒を喫するもマシンを修復してレースに復帰、130ラップしてチェッカーフラッグを受けるも
未完走扱いでした。

こうして見るとラ・ベッツリァの挑戦はマシンに関係なく、ほぼ同じ成績だと言えます。

走る実験室走る広告塔と、様々な役割を負ったラ・ベッツリァのマシンですが、
一番の参戦理由はラ・ベッツリァバイク好き、レース好きの集まりだと言う事でしょう。

実績伴わないのに挑戦を続けるのは難しい事です。

好きだからこそ、新しい技術や機能部品の開発も出来るのだと思います。



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by SS992 | 2011-04-02 21:00 | レース