DUCATIの
スポーツ・バイクのスタートは
公道レース用の少排気量レーサーでした。
DUCATI グラン・スポルト・レーサー (1954年式 OHCシングル100cc ベベル駆動)
( 通称マリアンナ、伝説的技師ファビオ・タリオーニの設計第1号 )
まだ
デスモ・ドローミック機構は搭載されていませんでした。
この後、
シングル・スポーツは次第に
排気量を拡大しつつ
、進化を重ねました。
レーサーでは1958年にすでに125ccGPレース用の市販レーサーに
デスモ・ドローミック機構を
搭載しました。
DUCATI 125ccGPレーサー (1958年式 DOHC125cc単気筒 ベベル駆動)
市販車では10年遅れで1番初めに
デスモ・ドローミック機構を搭載したのは
250デスモMkⅢでした。
DUCATI 250 デスモ MkⅢ (1968年式 OHCシングル250cc ベベル駆動)
(上の写真はどちらも
250デスモMkⅢと表記されていました。)
(2011.9.15追記:DUCATI博物館の資料によれば下図の写真が本来の250デスモMkⅢの様です。)
DUCATI 450 デスモ (1974年式 OHCシングル450cc ベベル駆動)
これは
シングル最後にして最大排気量のモデルです。
もちろん、
デスモ・ドローミック機構を搭載していました。
この後、日本車に対抗するために
Lツインが採用されるのですが、
DUCATI 750GT (1971年式 OHC Lツイン ベベル駆動 ノン・デスモ)
実はこの当時、DUCATIにはもう一つ
別のライン・ナップがありました。
それは
並列2気筒(パラレル・ツイン)のシリーズです。
DUCATI 500GTL (1975年式 OHC並列2気筒 500cc)
DUCATI 500スポーツ (1977年式 OHC並列2気筒 500cc デスモ搭載)
DUCATI 500GTV(1977年式 OHC並列2気筒 500cc デスモ搭載)
しかし、このシリーズは排気量が少ない事もあってか、Lツインの影に隠れてしまい、
1981年には廃盤に
なりました。
この
パラレル・ツインが
Lツインより登場が後だったのは
DUCATIがたとえ、デスモを積んでいなくても
Lツインはより上位のモデルだと考えていたからだと思われます。
つまり
普及版のモデルを用意していたと考えられるのです。
しかし、
ユーザーがDUCATIに求めるものはスポーツ性であり、強力な出力でした。
少排気量車では日本車が断然、有利であり
DUCATIは大排気量車に活路を見出すしか無かったのです。
DUCATI 750スポーツ (1972年式 OHC Lツイン750cc ベベル駆動 ノン・デスモ)
(大排気量車と平行して350~400ccのミドル・スポーツも販売されましたが、これは免許制度の関係で
生まれたクラスであくまでも傍流でした。)
(
この項続く)
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